内臓全体を表す五臓六腑という言葉は有名ですが、その「五臓」がいったいどの臓器のことかご存知ですか?答えは「肝・心・脾・肺・腎」で、精神や血液を貯蔵する器官を指すといわれています。今回は、その中の腎臓についてもっと知るべく、医療法人厚生会理事長・厚生会クリニック院長の木戸口公一先生にお話しを伺いました。
※東洋医学の概念であるため、現在の解剖学的知識とは一致しない部分もあります。
(膵臓が含まれていないなど)。なお、六腑は「胆・小腸・胃・大腸・膀胱・三焦」です。
ー本日はよろしくお願いします。今回から五臓六腑シリーズが始まります。第1回として、腎臓についてお話しいただければと思います。
よろしくお願いします。じゃあ、まずはかんたんな質問から。腎臓はからだのどこにあるでしょう?
ーえっと…たしか左右に2つですよね。やっぱりこのあたりでしょうか?(お腹の両脇あたりを指差す)
そう思われがちですが、腎臓はどちらかというと背中側にあるのです。膵臓と同じく「後腹膜臓器」のひとつで、腹膜で囲まれた部分の後ろに位置しています。だから、腎臓が腫れたり結石ができたりして痛みだすときには、お腹じゃなくて背中側が痛みます。進行した場合はその限りではないのですが。このことは案外知らない人もいらっしゃいますね。
では、腎臓についてどんなイメージを持っていますか。
ーからだの不要なものを排出するため尿をつくる、ということくらいでしょうか。あと、病状が進行すると透析が必要になるということも。
はい。多くの方がそれくらいのイメージだと思います。ただ、実は体内の恒常性(※1)を維持するために非常に大切な役割を果たしている臓器なのです。
腎臓で起きていることを解説しましょう(別図)。
※1 恒常性
自分の内部環境を一定の状態に保とうとする生体機能を意味する概念。人体でいうと、体温、血圧、血中成分の濃度、免疫系・自律神経系のバランスなど、生命の維持に関わるシステムすべてが恒常性の原理で支えられている。
まず心臓から腎動脈を通って流れ込んできた血液が、徐々に細くなる血管をたどって「糸球体」という場所に運ばれます。糸球体は毛細血管のかたまりで、その名の通り糸をくしゃくしゃに丸めたような形です。この血管には強い圧力がかかっているので、血液をセロハンからにじみ出させるようにして、水分や老廃物を血管壁の外側に押しだすことができます。きれいになった血液は、腎静脈からまた全身に運ばれるわけです。
こうやって糸球体でろ過された尿(原尿)は1日に約170リットルですが、それを全部排出するわけではありません。この段階だと、蛋白質は分子が大きいから残りますが、必要な電解質等が一様に出ていってしまうのですね。
ー170リットルも排出してしまうと、干からびてしまいますね。
そこで行われるのが再吸収です。糸球体でろ過された原尿は、尿細管というところを通ってまた元の糸球体に戻ってくるのですが、その途中でからだに必要なアミノ酸やブドウ糖などの成分が再び血管に戻ります。ベルトコンベアのように、尿細管を通るあいだに「これは要る。これも要る。これは要らない」という感じで査定しているのです。このループ状の構造のことをネフロン(※2)と呼んでいます。
そして、最後に残った老廃物が、尿として排出されます。実際の尿は1日に1.5リットル程度なので、およそ100分の1にまで量が減るわけです。腎臓は、このようなしくみで血液をろ過して不要な水分や老廃物を尿として排出しているのです。
※2 ネフロン
腎小体(糸球体とそれを包むボーマン嚢)および尿細管からなるループ状の構造。腎臓の基本的な機能単位でもある。ひとつの腎臓に100万個、左右計200万個ほど存在する。
ー他にはどのような役割があるのでしょうか?
腎臓には、大きく分けて3つの役割があります。
まずは、先ほど説明した血液のろ過・尿の排出の一環としておこなわれる「水分と電解質のバランス維持」。人間のからだは約6割が水分でできていますが、その水分は単なる水ではなく、薄い海水のようにいろいろな成分が溶け込んでいます。体内の水分(細胞内液・細胞外液・血液など)にはナトリウム、カリウム、クロール、あとカルシウムやリン、マグネシウムなどが溶け込んでいて、それらを電解質と呼んでいます。電解質の濃度は、細胞が元気でいるためにはとても重要な要素です(※3)。食事をしたり汗をかいたりしても、腎臓が尿の量や濃度を調整することで電解質バランスを常に一定に保ってくれます。
身近な例でいうと、塩辛いものを食べるとのどが渇くでしょう?これは、水分をとることで体内の電解質の濃度を薄める必要があるからです。腎臓に何らかの障害が発生して、余分な水分や老廃物を排出できなくなってしまうと、それが体内に残ってむくんでしまうわけです。むくみは、腎臓の機能に問題がある場合の代表的な症状です(※4)。
※3 電解質異常
例えば、ナトリウムやクロールは体内の水分量やpH(酸性・アルカリ性)を一定に保つよう調節し、カリウムは心臓や神経、筋肉に関係するはたらきをしている。これらの濃度に異常が発生した場合、むくみや高血圧などの症状をもたらす可能性がある。特に高カリウム血症は命に関わるため非常に危険。
※4 むくみの原因について
「少しややこしいのは、電解質だけではなくて蛋白もむくみの原因になるんですよ。蛋白質は血液の濃さとも関係していて、蛋白質が薄くなると細胞の外に水分が出ていく。だからからだの表面に水が溜まって押したらへこむようになるんです。あとは心臓の機能低下の問題もあるけどね」(木戸口先生の補足)
ーなるほど
次に「造血ホルモンの分泌」。ご存知かと思いますが、赤血球は肺で酸素を受け取ってからだ全体に供給してくれる細胞です。そして腎臓では、エリスロポエチン(※5)という赤血球の生産を促進するホルモンを作りだしています。「この頃、血液中の酸素が少ないぞ」というサインが出ると、腎臓がそれを察知してエリスロポエチンを分泌するという流れですね。
また、ホルモンではありませんが、骨を丈夫にするためにビタミンDを活性化(※6)させてカルシウムの再吸収を促す働きをしています。
3つ目は「血圧のコントロール」です。基本的に、腎臓は毎日けなげに血液を浄化してくれています。しかし、なにかの原因で糸球体で血液をろ過するときに「どうも血液を押し出す力が弱くなったな」と感じたとします。すると腎臓は「血圧120では弱いから、140にしよう」というように、レニン(※7)という血圧上昇のために最初に作用する重要な物質を分泌します。
糸球体で血液をろ過するパワーを維持したいがために、血圧を上昇させるというわけです。
※5 エリスロポエチン
腎臓でつくられ、骨髄の幹細胞に作用して赤血球の産生をうながすホルモン。腎臓の機能が低下すると、このホルモンの分泌が不十分となり腎性貧血を起こすケースがある。
※6 ビタミンDの活性化
食物などから取り込んだビタミンDは、肝臓と腎臓で活性型に変化させることで作用できるようになる。ビタミンDは骨を強くするカルシウムの吸収に関与しており、腎臓の機能が低下すると骨がもろくなるケースがある(くる病)。
※7 レニン腎臓から分泌される酵素の一種で、血液中のたんぱく質にはたらきかけて血管収縮・循環血液量増加などの作用を持つホルモンをつくりだす。
ー小さい臓器なのに、尿をつくることに加えてそんなにたくさんの仕事をしてくれていたんですね。
そうですね。これを機械でやろうと思うと血液透析になります。透析も実際の腎臓としくみとしては同じで、透析膜の片方(血液)に圧力をかけて押し出す「限外ろ過」という方法をとっています。ただ、再吸収まではできませんから、足りなくなった電解質等を補うために補液で調整をしないといけません。やっぱり機械ではまだまだ不完全で、不要なものは排出できても必要なものを残しておくことができないのですね。加えて造血ホルモンの分泌も低下しているので、腎性貧血になることもあります。
透析には腹膜を使って自宅でろ過する方法(※8)もありますが、血液透析と比べて長所も短所もあるので、医師に相談して選択するのがよいでしょう。
※8 CAPD
腹部に透析液を注入し、血液と透析液の浸透圧の差により腹膜を通して出てくる水分・老廃物を除去する腹膜透析のひとつ。腹部に留置できるカテーテルを使って透析液を自分で交換することで、自宅で透析をおこなうことが可能。メリットとしては通院がほとんど不要であること、デメリットは患者自身で処置が可能な人に限られることやつねに腹膜炎の危険があることなどが挙げられる。なお、専用の装置を用いて睡眠時に自動で透析をおこなうAPDもある。
ー腎臓の状態(異常)を調べるための検査(別表)としては、どのようなものがありますか?
まずは検尿です。尿を採取して、尿の中に蛋白質などが混じっていないか、血尿でないかを調べます。代表的で手軽な検査方法ですが、腎臓の病気を早期発見するためには非常に役立ちます。
例えば尿に蛋白が出ている場合は、慢性の腎炎の可能性があります。蛋白質のように通常ろ過されない分子量の大きい物質が尿中にもれ出てくるということは、糸球体に異常があると考えられるからです。ただ、激しい運動の直後や高熱を伴う風邪の後などは試験紙で陽性になることがあるので、注意が必要です。
次に血尿かどうかですが、肉眼ではほとんどの場合わかりませんから、試験紙で目に見えない血(尿潜血)を調べます。血が混じっているということは、腎臓もしくは尿路のどこかが壊れているということですから、専門科での検査が必要になりますね。
検尿では尿に糖が混じっているかどうかも調べますが、これは腎臓に直接関係するというよりは、従来糖尿病の診断におけるスクリーニング検査の意味合いがありました。しかし、現在は糖尿病は血液検査で診断しますから、その点では意味がなくなってきています。
余談ですが、糖尿病の治療に使われる薬でSGLT2阻害薬(※9)というものがあります。これは腎臓に作用して余分な糖が尿細管から再吸収されるのを抑制し、尿中に排出することで血糖値を下げるというしくみで、それまでの治療薬とはまったく別の発想でつくられたものです。腎臓の機能は糖尿病にも大きく関わっているということですね。
※9 SGLT2阻害薬
血液中に含まれるブドウ糖は、通常は尿細管で再吸収されてまた血液に戻る。このはたらきを担う蛋白質であるSGLT2を阻害する薬を使うことでブドウ糖の再吸収が減って尿糖が多く排出されるようになり、高血糖が改善する。
ー検尿で異常が出た場合はどうするのですか?
あまり馴染みがないかもしれませんが、尿沈渣という検査でさらに詳しく調べます。尿を遠心分離にかけて沈殿した成分を顕微鏡で詳しく見るもので、赤血球や白血球が基準値より多かったり、円柱細胞が見つかった場合には、尿路や腎臓などの病気が疑われます。検尿だけでは判断できない異常の原因や病変部位を特定するのに役立つ検査です。
ー健診結果の項目を見ると、腎臓に関わる検査で「尿素窒素(BUN)」「クレアチニン」「eGFR」などがあります。
これらは腎臓の機能、特に糸球体のろ過機能を調べる検査ですね。血液検査では、昔は尿素窒素が多く用いられていたのですが、近年はより腎臓に絞って調べられるクレアチニンが主流です。クレアチニンは腎機能が低下すると数値が上昇するため、腎機能障害の指標となります。
ただ、クレアチニンは筋肉量の影響を受けやすい。そこで登場するのが、eGFRです。これは統計を基に導き出された計算式(※10)にクレアチニンの数値と年齢・性別を当てはめて糸球体の概算ろ過量を算出するもので、自分の腎臓が何パーセントはたらいているかを示しています。「1分間にこれくらいの血液をろ過できているんだな」というのは感覚的にわかるので、大いに参考にしてください。
さらに、筋肉量や食事などの影響をさらに受けにくいシスタチンC(※11)でeGFRを算出することがあります。
※10 eGFRの計算式
eGFRの数値(単位はml/分/1.73㎡)は、以下の式で算出できる
※11 シスタチンC新しい腎機能マーカーで、食事や年齢、炎症、性別、筋肉量などの影響を受けないため、腎機能障害を早期診断に有用
ー近年、腎臓の病気としてCKD(※12)を耳にすることが多いです。
これは「慢性腎臓病(Chronic Kidney Disease)」の頭文字を取ったもので、腎臓の機能が低下した状態をまとめて表しています。先ほど説明したeGFRでいうと、60未満の状態が3ヵ月以上持続している状態を指します。腎臓のはたらきが健康な人のおおよそ60%以下ということですね。若いうちから発症する場合は、IgA腎症(※13)が原因であることが多いです。年齢を重ねてから発症する場合は、糖尿病性腎症により腎機能が低下するケースが代表的です。糖尿病は全身の血管がボロボロになる病気ですから、腎臓の糸球体も当然影響を受け、ろ過する能力が落ちてしまいます。
※12 CKD
次のどちらかが3ヵ月以上持続した状態を指す。
①腎障害を示唆する所見(検尿異常、画像異常、血液異常、病理所見など)の存在②GFR(eGFR)が60ml/分/1.73㎡未満
患者数は成人の8人に1人、約1,330万人と言われている(2011年時点)。
※13 IgA腎症
日本で最も多い慢性糸球体腎炎。糸球体が持続的に炎症を起こし、次第に腎機能が低下する。子どもから大人まで広く見られ、未治療の場合は20年後に約4割が腎不全に陥ってしまう。
ー腎臓のがんについてはいかがでしょうか?
腎臓のがんは腎細胞がん・腎盂尿管がんに分類され、そのほとんどを占めているのが腎細胞がんです。昔に比べて腹部超音波検査などで偶発的に見つかりやすくなっていますが、進行してしまうと予後は決してよくないので、早期発見が重要であることは言うまでもありません。治療に関しては手術が基本で、進行した場合は他のがんと比べて抗がん剤の効果がそれほどの期待ができないため、近年では分子標的薬や免疫療法(※14)が用いられています。
その他に知っておいてほしい腎臓の病気としては、痛風腎(※15)、多発性嚢胞腎(※16)、非薄基底膜病(良性家族性血尿)(※17)などが挙げられます。
※14 腎細胞がんの薬物療法
他のがんに比べて抗がん剤の効果が薄いため、分子標的薬(受容体チロシンキナーゼ阻害剤、mTOR阻害剤)や免疫療法(サイトカイン療法、免疫チェックポイント阻害剤)が多く使われている。
※15 痛風腎痛風の原因である尿路結晶が糸球体に詰まることで、慢性腎不全の原因となる。
「酒好き、痛風持ちは気をつけなあきませんね」(木戸口先生の補足)
※16 多発性嚢胞腎(ADPKD)
腎臓に嚢胞(液体が詰まった袋)ができる遺伝性の疾患。気づかずに過ごすケースが多いが、嚢胞が増えて大きくなっていった場合は正常な腎臓組織が圧迫されて腎機能の低下を招くこともある。
※17 非薄基底膜病(良性家族性血尿)
血尿や軽度の蛋白尿のみが認められ、それ以外は無症状の遺伝性腎炎。腎機能に問題は発生しない。
「案外多いんですよ。家族歴があると聞いたら、だいたいはこれですね」(木戸口先生の補足)
ー最後に、大事な腎臓を守っていくためには何をすればよいのでしょうか?
腎臓の機能が低下しても、早期の段階では自覚症状としてほぼ気づきません。「最近だるくなったな、おかしいな」というときにはもう手遅れというケースも多いのです。だからこそ、年1回の健診を必ず受診して、見えるところに表れてこない腎臓の異常や腎機能の低下を発見しなければなりません。
あとは、当然ながら健康的な生活習慣を守ること。特に日本人は塩をとりすぎているので、減塩を意識してみてもいいのではないでしょうか。毎日難しい仕事をこなしてくれている腎臓に感謝して、うまく付き合っていきましょう。
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