2016秋号「乳がんの(現在)、そして知ってほしいこと」」

数あるがんの中では治癒率は高いものの、女性にとっては依然大きな脅威であり、世界的に見ても日本は健診受診率が低い水準にとどまっている「乳がん」。
さまざまな啓発活動や、テレビなど各種メディアの情報によりその実態は広まりつつありますが、すべての女性、そして男性にも知っていただきたいことはまだまだあります。
今回は、医療法人厚生会の理事長、また厚生会クリニックの院長として現在でも多くの患者さんと話し、診つづけている木戸口公一先生にインタビューをさせていただきました。


ー最近、乳がんに関するニュースが世間で話題になることが多いです。


確かに。アンジェリーナ・ジョリーさんが乳腺を切除した(*1)のも話題になったし、日本でも手術の報告や闘病生活を公表している有名人の方が多くいらっしゃいますね。

*1 アメリカの人気女優であるアンジェリーナ・ジョリーさんは、2013年5月に健康な状態の乳腺を切除して再建する手術を受けた。遺伝子検査を受けた結果、何もしなければ87%の確率で乳がんになるという結果が出たため、予防的手術を決断したとと報道されている。


-その中で、北斗晶さんはブログで「遺伝的には問題ないのになぜ」ということをおっしゃっています。(*2)。乳がんになってしまう原因とは、いったい何なのでしょうか。


がんの原因を一言で説明するのは非常に難しいです。ただ、どの病気でも共通していえますが「遺伝的要因」と「環境的要因」の2つが大きく関わってくるのは間違いないでしょう。
まず遺伝的要因についてですが、がんに関わる遺伝子には遺伝子を修復する機構と免疫を監視する機構があり、このどちらかが破綻するとがんが発症すると考えられています。特に、前者の遺伝子を修復する機構が生まれつき弱い人がいて、その要素は遺伝的に引き継がれるわけです。もちろん必ず発症するわけではありませんが、いわゆる「がん家系」というのはこのようなケースを指します。
遺伝子検査の技術や環境整備が進んだことから、現在では将来的な乳がんのリスクがかなり早い段階からわかるようになっています。先ほどのアンジェリーナ・ジョリーさんの例では、母親の家系に乳がん・卵巣がんが多く、ご本人もBRCA1(*3)という遺伝子に変異があることがわかったため、手術を決断されました。

*2 北斗晶オフィシャルブログ「そこのけそこのけ鬼嫁が通る」2015年9月23日より
「遺伝と聞いていた乳癌になぜ私がなったのか?私の家族や身内には誰一人乳癌になった人はいないのに…」

*3 BRCA1およびBRCA2は誰もが持っている遺伝子で、何らかの原因でダメージを受けた遺伝子を修復する役割を持つ。これらに変異が起きると、傷ついた乳腺組織の遺伝子を修復することができないため、乳がんのリスクが大幅に高まる。


ーその時点では健康なからだにメスを入れることに、抵抗がある方もいらっしゃると思います。


そうですね。確かに言えるのは、十分なカウンセリングが必要だということです。がん発症のリスクが高いという結果が出たとしても、すぐ手術というのではなく「統計的には〇歳なら〇%は発症しないよ」「定期的な検診で早期発見して対応する手段もあるよ」という説明をしっかりする。「全部取ってしまえばがんにならない」というのも処置としては正しいと思いますが、全員がそうしなければならないわけではない。善し悪しではなく、考え方によりますね。


ー環境要因というのは、どのようなものでしょうか。


当たり前のことですが、まずは加齢があげられます。若いうちは免疫機構がちゃんとはたらいているのでがん細胞を排除できていても、年齢とともに弱くなって排除できなくなることもあるでしょう。
また、長年の生活習慣の積み重ねも原因のひとつだと考えられます。食生活や喫煙・飲酒、ストレスなどでからだに負担がかかる状態が長く続くと、がんのリスクも高まります。もちろんそのような生活習慣の人がみんながんになるわけではなく、データとしてはそういう傾向が見られるということです。


ー近年乳がんが増えており、女性の11人に1人は乳がんになるといわれています(*4)。どのあたりに理由があるのでしょうか。


ご存知のように乳がんはホルモン依存性の病気で、女性ホルモンのひとつ「卵胞ホルモン(エストロゲン)」と大きな関わりがあります。この卵胞ホルモンはがん細胞の増殖を促しますが、大量に分泌されるのが生理周期のある初潮から閉経のときなんですね。
食生活の変化などにより女性の初潮年齢が低年齢化し、また閉経は遅くなりました。さらに、社会構造や価値観の変化により出産も高齢化していますし、そもそも子どもを持たないご家庭も増えている。つまり、昔と比べると生涯で経験する月経の回数自体が増えているわけです。このことも原因のひとつだと考えられています。

以上、乳がんの増加については生活習慣や社会的背景当いろいろな要素が複雑に絡み合っていて、原因はひとつではないと思います。

*4 がん情報サービスの最新がん統計(2012年データに基づく)によれば、乳がんの生涯がん罹患リスクは9%で、女性の約11人に1人は人生の中で乳がんになるという結果が出ている。


ー乳がんの検査方法(次項表1参照)はいろいろありますが、どれを受ければよいのか、どのような違いがあるのかわからない方も多いと思います。

厚生労働省が定めている指針(*5)によれば、原則的には40歳以上の女性は2年に1度「マンモグラフィ」を受けるべきだとされています。ただ、これは国が定めた対策型健診(市町村等が実施)で推奨される検査項目であって、私どものような任意型(自分で選んで受ける健診)とは違うものです。私の実感としては、「マンモグラフィ」と「超音波検査」を併用して受けるのが最も効果的だと思います。
まずマンモグラフィですが、これは乳がんに特化した検査で、要は乳房だけを映すレントゲンです。がんに多くみられる石灰化の箇所がわかるので、非常に有用だといえます。それに対して、超音波は石灰化だけではなくすべてを映し出すものです。がんなのか、悪性なのかという判断は難しくなりますが、単なる体液が溜まっている嚢胞も良性腫瘍も映してくれます。20代~30代など若いうちは乳腺密度が高いため、マンモグラフィではうまく撮影できないケースがあります。しかし、乳がんの兆候を見逃すと大変なので、微小な変化がわかる超音波で弱点を補おうというわけですね。

*5 厚生労働省「市町村のがん検診の項目について(平成28年4月1日以降)」


ー検査で視触診は行わないのでしょうか。よく乳がん予防は自己啓発(自分で乳房を触ってしこりの有無などをチェックする(*6))も大事だということを聞きますが…。


視触診は私どもでは実施していますし、発見手段として効果的だと思いますよ。先ほどの厚生労働省の指針では「視診、触診は推奨しない」とされていますが、これは医師によって経験の差が大きいため、一律に有効だと考えられていないことが理由です。
自己検診が重要なのもその通りで、実際に乳がん患者さんの約半数が自分で異変を発見している(*7)とされています。やはり自分のからだのことを一番わかっているのが自分ですし、ちょっとした変化も見つけやすいですからね。
なお、自己検診するときは生理周期を考えて行いましょう。具体的には生理が終わって2~3日から1週間くらい。それ以降は「黄体期」といって、排卵をして妊娠に備える時期なので、乳腺が腫れてわかりづらくなります。

*6 自己検診をする際には、しこり等を発見しやすくなる補助パッドを使う方法もある。大型のドラッグストアやネット通販などで購入可能。(詳細は「乳がん 自己検診 パッド」等の単語で検索)

*7 認定NPO法人J.POSH(日本乳がんピンクリボン運動)ウェブサイトより


ークリニックで乳がん検診を受ける時期も、そのあたりがよいのでしょうか。


本来はそのほうがいいですね。ただ、どうしてもそのタイミングで来院できないこともあるでしょうし、それは仕方ありません。その点、自己検診は好きなタイミングで実施できるので、ぜひ行ってほしいです。1年ごとに健診でマンモグラフィと超音波を交互に受けて、その間も毎月自己検診をするというのが理想ですね。


ーもし乳がんと診断されてしまった場合、どうすればよいのでしょうか。


一番重要なのは、とにかく納得のいくまで主治医に相談すること。大変ショックなのはわかりますが、現在はさまざまな選択肢がありますかた、進行状況や本人の要望にあわせた治療が可能になっています。

例えば、お薬を使う治療。どのがんでも使える抗がん剤のほかに、女性ホルモンをブロックすることでがん細胞の縮小・再発を予防するものがあり、ハーセプチン(*8)というその中間くらいの位置付けの薬もあります。また、放射線による治療も選択肢のひとつです。
しかし、乳がんの治療で優先されるのはやはり外科手術ということになるでしょう。内臓と違って患部が外に出ているのがその理由です。再発を防ぎ、全体的に考えてからだへのダメージを少なくするために、切除するのが望ましいという考え方はあると思います。

*8 特定の種類の乳がん・胃がんに使われる生物学的製剤(一般名:トラスツズマブ)。がん細胞の特定の場所(HER2タンパク)のみ攻撃するもので、これまでの抗がん剤とはまったく違うしくみでがん細胞を破壊し、増殖を抑える。


ー女性にとって、乳房を失うというのは本当に大きなことだと思います。


昔と違って、今は「温存療法」が一般的になっています。「少しでも危険なところは取ってしまおう」というものから、「取らなければならないところは取るが、他の部分は残そう」という考え方に変わったわけですね。また「乳房再建」という技術も進歩していて、何年か経って再発がないときには、手術で乳房の形を整えることもできます。だから、落ち込まないのは無理にしても希望を持ってほしい。
もちろんリスク回避は最優先で、手術には妥協できない部分はあります。すべての要望に沿うことはできないにしても、自分の思いは医師にちゃんと伝えて、話し合いしてから手術に臨むべきでしょう。遠慮したらだめです。それはあなたの権利であり、尊厳を守ることですから。
そのような大切なからだの一部を失わないためにも、毎年健診を受けて、自己検診を続けることは本当に大事だということですね。


ー最後に、皆さんへのメッセージをお願いします。


乳がん検診の受診率を見ると、世界的にも日本はかなり低いほうなんですね(表2参照)。まだまだ声をあげて啓発を進めていかなければならない。これは国や自治体だけでなく、会社もそうですし、私たち健診機関もそうです。この記事を読んで、一人でも多く健診を受けてくれればうれしいです。

あと世の男性、お父ちゃんにも言いたいですね。自分の奥さんに「会社からお知らせが回ってきたけど、乳がん検診はちゃんと受けてるか?」と聞いてみる。「俺が子どもの世話して時間作るから、検診を受けてきたらどうや?」というのも、ひとつの愛情の表現だと思います。

ー本日はありがとうございました。