検査項目のオプションで見かけたり、自分の周囲の人が受けていたりと、名前を聞いたことのある方は多いであろう「腫瘍マーカー」。しかし、いったいどんな検査かというと、実際のところはよくわからないという方もいらっしゃるのではないでしょうか。
今回は前号に引き続き、医療法人厚生会理事長・厚生会クリニック院長の木戸口公一先生にお話を伺いました。
ー本日は腫瘍マーカーについてお話を伺えればと思います。
その前に、まずあなたご自身にお尋ねします。この検査のことをどの程度知っていますか?
ー正直に言うと、名前は聞いたことはあってもあまり詳しくはわかりません…。がんに関わる検査で、数値が高いと危ないというくらいです。
はい、多くの方は、そんな印象を持っておられますね。腫瘍マーカーはどちらかというと誤解されがちで、正確に理解されていない検査なのです。
簡単に説明すると、がんが発生してくると、そのがんから特有な化学物質が血液中に分泌されるので、その量を測ることでがんの有無や活動性を調べようという検査が腫瘍マーカー検査なのです。
ただ、がんはとてもしたたかな病気ですから、血液を測定しただけで確実にわかるというわけではありません。受診者の方にお話しするときは、その点もしっかりと説明しておかなければなりません。
ーがんがしたたかな病気というのは、どういうことでしょうか。
ご存知の通り、がんは進行度合いによってステージが分かれていて、大きく分けると「早期がん」「進行がん」のように区別できます。近年は医療の進歩によって5年生存率が上がっていて、早期に発見できれば無事に治療(完治)できるケースも多いですね。
しかし、早いうちに発見できれば最良なのですが、それが非常に難しい。早期がんはまだ粘膜(下層)の中に止まっている状態で、だからこそ切除すればかなりの割合で完治できるのですが、この大きさ(浅さともいえるでしょう)だと検査してもなかなか見つからないのです。血液中に腫瘍マーカーを出していないので測定しても数値として引っかかりませんし、画像診断をしても必ず見つかるわけではありません。自覚症状がないか気をつけていても、がんの部位によっては症状が自覚できる段階だと既にある程度進行していて(進行がん)、手遅れになるケースがあります。
がんの発見・治療には、身内にがんの人がいないか確認したり(家族歴)、どんな日常生活を過ごしているかを聞いたりという総合的な観点は必要で、だからこそ健診そして経年変化を診て行くことが重要になるわけです。
ーなるほど。そうすると腫瘍マーカーは、早期発見には役立たないケースが多いのでしょうか。
そうですね。ただ、後で詳しく話しますが、腫瘍マーカーにもいろいろ種類があって、臓器特異性(*1)が高く早期発見に役立つものもあります。
特に役立つケースとしては、がんがある程度進行している人がその進行状況(ステージ)を調べるとき、または一度がんになった人が治療後再発していないか調べるとき、こういう場合に腫瘍マーカーは非常に有用です。
*1 臓器特異性
特定の臓器に対する検査結果が出るかどうかの度合いのことです。腫瘍マーカーの中にも、臓器特異性が高いマーカー(ある部位のがんに絞って検査できる)と臓器特異性の低いマーカー(身体の異常を広く検知できる)があります。
ー数値が高い場合、がんの可能性が高いと考えてよいのでしょうか。
結果が送られてきた後に心配される方もいらっしゃるのですが、数値だけで判断するのは早計です。がんがなくても腫瘍マーカーの数値はけっしてゼロではなく、ある程度の基準値(カットオフ値)(*2)が定められています。
腫瘍マーカーの特徴として、がんでないのにそれ以外の要因で数値が上がる「偽陽性」と、がんが存在しているのに数値には反映されない「偽陰性」が出やすいということが挙げられます。
特に偽陽性については、喫煙等の生活習慣やがん以外の炎症など他の病気によって大きく変動するケースがそれぞれの腫瘍マーカーで知られています。検査結果の数値が基準値を超えていたからといってすぐに「がんだ」と思い込むのではなく、医師と相談した上で別の検査を受けて確認することが大切です。
ただ、だからといって腫瘍マーカー自体が信頼できないわけではありません。血液を調べることにより身体の状態を数値の形で出しているわけですから、意味がない数字ではないのです。経年変化で数値が過去に比べて異常に高くなって来た場合は、体内で何らかの変化が起きていることは間違いないでしょう。だから、定期的に腫瘍マーカー検査を受けて、自分の身体の状態を知っておく、変化に気付くことは非常に大切なことだといえますね。
*2 基準値(カットオフ値)
基準値とは、検査の陽性・陰性を分ける値のことを指します。腫瘍マーカーの場合、多くの人(健康な人および対象となるがんの患者さん)の測定値をもとに決められています。
【CEA】
消化器がんのマーカーとして診断に利用されています。結腸、直腸がんで陽性率が高く、他に膵がん、胆道がん、肝臓がん、肺がんでも約半数で陽性となります。喫煙者は軽度上昇を示しています。
【CA19-9】
膵がん、胆のうがん、胆管がんのマーカーとして診断に利用されており、膵がんではその陽性率は約80~90%となっています。膵炎や胆石症、胆管炎などの良性疾患でも陽性になることがあります。
【PSA】
PSAは前立腺がんで高値となりますが、前立腺肥大や前立腺への刺激によっても上昇します。PSAは前立腺がんに対する感度が高く、また早い時期から高値化するため、前立腺がんの早期発見に非常に有用な検査となっています。
【CA125】
CA125の卵巣がん陽性率は約60%~80%と高いため、主に卵巣がんの腫瘍マーカーとして利用されていますが、消化器がんでも陽性率が高いので各種悪性腫瘍のスクリーニング検査として汎用されています。子宮内膜症や子宮筋腫などでも高値になることがあります。
【シフラ】
肺がんは腺がん、扁平上皮がん、大細胞がん、小細胞がんの4タイプに分類されますが、シフラは肺がんの約40%を占める扁平上皮がんの診断に有用な腫瘍マーカーです。比較的早い時期から陽性になるため、肺がんのハイリスクグループ(喫煙指数600以上=例えば1日40本×15年以上吸っているような人)を対象として、肺がん検診に広く用いられています。
【AFP(α-フェト蛋白)】
主に肝臓がんで高値になり、胆のう、胆管、膵臓などのがんでも高値化することがあります。慢性肝炎や肝硬変などの良性腫瘍でも高値になることがあります。
ー腫瘍マーカーはとてもたくさんの種類があって、どれを受ければいいかわかりづらいのですが…
たしかに一般的に健診機関で受診するものでも10種類程度あり、また日々新しい腫瘍マーカーが開発されているため、すべて含めるとかなりの数になるでしょうね(図1参照)。ただ、すべてを把握しておく必要はないので、ここでは比較的お勧めしたい4種類だけご説明しようと思います。まずCEAは、主に消化器系を中心としたがんのマーカーとして診断に利用されています。具体的には大腸がん、胃がん、膵がんなどですね。他にも肺がん・肝臓がんなど多くのがんで陽性率が高くなるので、現在もっとも多く使われている腫瘍マーカーのひとつです。
CA19-9も消化器系ですが、特に膵がん・胆のうがん・胆管がんの診断に多く用いられています。膵がんの陽性率は80~90%、胆のうがん・胆管がんの陽性率は60~70%といわれていて、数値が高かった場合はまずこれらのがんが疑われます。
あと、男性であればPSA、女性であればCA125。PSAは前立腺がんに的を絞ったような(特異性の高い)腫瘍マーカーで、まだがんが小さい段階であっても高い数値を示すことが多いので、早期発見に役立ちます。CA125は卵巣がんの診断の基本となるもので、子宮腺筋腫症や子宮内膜症の鑑別に用いられるなど、婦人科で幅広く使用されています。
ただ、いずれのマーカーでもいえることですが、がんではない良性疾患で数値が上がるケースも多々あります。前述のように基準値を超えているからといってがんの存在を意味するわけではありませんし、逆に基準値以内であってもがんが否定されるわけではありません。さまざまな検査を組み合わせて、総合的に診断していかなければなりません。
ー特にこの4種類を勧められる理由はなんでしょうか。
CEAやCA19-9を勧めるのは、マーカーに対応するがんが他と比べて危険だからです。特に膵がんは、早期発見が難しい上に治療も困難なケースが多いので、ありとあらゆる手段を使って少しでも早く見つけたい。その材料として腫瘍マーカー検査を受けてほしいわけですね。
PSAやCA125は臓器特異性が高い、つまり「前立腺がん」「卵巣がん」というターゲットがはっきりしている腫瘍マーカーです。単純にがんを診断する検査として効果的なのでお勧めしています。
ー近年は、腫瘍マーカーや類似する検査に新しい技術が取り入れられていると聞きます。
腫瘍マーカーと同じく血液を検査するにしても、血中アミノ酸のバランスを測定してがんのリスクを評価したり、あるいは尿を調べることでがんを検出する研究も進んでいます。ただ、どれも確実にがんがわかるというわけではありません。
我々のクリニックでは、そういった新しい検査手段に対してもアンテナを張っておき、有益な方法があれば逐次取り入れていく予定です。
ー最後に、皆様へのメッセージをお願いします。
健診において基本となることですが、まずはひとつの手段に頼らないこと。特にがんに関しては、腫瘍マーカーを含めて「絶対」という検査はないので、医師と相談した上で多くの検査を受けて判断するようにしてください。
腫瘍マーカーは、今すぐにすべての人が受けるべき検査ではないかもしれません。しかし、いわゆるがん家系である人や、ある程度年齢を重ねてリスクが上がってきた人は、定期的に数値を把握することで身体の異常を発見しやすくなるため、受診をお勧めしたいですね。腫瘍マーカーの特徴を理解して、上手く活用していきましょう!
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