2023春号「脾臓が担う知られざる役割とは」

臓器の中でも群を抜いて認知度の低い脾臓のこと。皆さんはどこまでご存じですか。働きはもとより、場所すら答えるのが困難かもしれません。五臓六腑シリーズの7回目となる今回は、医療法人厚生会理事長・厚生会クリニック院長の木戸口公一先生に、知られざる脾臓に関するお話を伺いました。


ーこれまで肝臓・膵臓・肺・心臓の4つの臓器についてお話を伺ってまいりました。今回は五臓の最後となる脾臓についてお聞かせいただきたいと思います。

五臓六腑に数えられているので本シリーズで触れないわけにはいかないのですが、普段はなかなか話題になることの少ない臓器です。お読みになる皆さんにとっても、脾臓はこれまで意識したことのない臓器なのではないでしょうか。

そこでまずは、脾臓が何なのかというところからご説明していきましょう。脾臓はどこにあるか、わかりますか?

ーうーん…。印象が薄くてパッと思い浮かばないです。

脾臓があるのは胃のちょうど後ろあたり、左側の肋骨のすぐ下にあります(図1)。ソラマメのような形をしていて、日本人の成人では握りこぶしくらいの大きさ。スポンジのようにやわらかくて、重さは120gほどです。心臓から脾動脈を通じ脾臓へと血液が供給されており、脾静脈・門脈を経由して肝臓へと送られています。
それでは脾臓の内部ではどんなことが行われているのでしょうか。よく挙げられる役割の一つが「赤血球を壊す」という働きです。

ー赤血球というと、血液の中で全身に酸素を運ぶドーナツ型の細胞のことですよね。それを壊すとはどういうことですか。

人間の体内では、生まれてから死ぬまでずっと血液が循環していますが、赤血球の寿命は一般に120日といわれています。赤血球が歳をとって老化すると、形が変わったり硬くなったりして酸素を運ぶ機能が落ちてきますので、絶えず古いものと新しいものとが入れ替わっていかなければなりません(※1)。
一般企業が新卒者を採用するのとおなじで、常に新しいものを取り入れなければ、機能劣化を起こしてしまいます。そこで人事部の役割を果たしているのが脾臓です。
脾臓の赤脾髄という組織には赤血球を選別する網目状のフィルターがあります。若くて柔軟性のある赤血球はすり抜けられますが、高齢のいびつな赤血球は引っかかるようになっています。高齢とはいえ実際はまだまだ役立つ赤血球もありますが、そこまで見抜く能力はありません。人間でいえば顔にシミができたとか皮膚がゴワゴワになったといった程度の基準で選別することによって、酸素を運ぶ機能が赤血球全体で一定以上に保たれるように調整をしているのです。ふるいにかけられた赤血球はただ廃棄されるわけではなく、分解されて体内で再利用されています。取り出された鉄分は骨髄へ送られ新しい赤血球の材料になり、ヘモグロビンの一部はビリルビンという黄色い成分に変換され肝臓に送られて(※2)から分泌され、胆嚢に集められて胆汁となります。もし二日酔いで嘔吐したときに、黄色い胆汁が混じっていたら、脾臓で壊された赤血球が活用されているのだなと思ってください。

ー意外なところで働きが実感できますね。ほかにはどのようなものがありますか。

脾臓はコロナやインフルエンザのような感染症に対抗する免疫機能にも関係しています。脾臓内にある白脾髄という組織にはリンパ球という白血球が集まっており、体内に入ってきた細菌やウイルスのような異物から身体を守るための抗体を生産しています(図2)。脾臓には、全身のリンパ器官といわれることもあります。
とはいえ、脾臓だけで免疫機能をまかなっているわけではありません。脾臓は網内系(※3)の一部ではありますが、手術で取ることになってしまっても肝臓などほかの部分で機能を補うことができるのです。

※1 赤血球の寿命
毎日2千億個の赤血球が処理される一方で、毎日同じ数の赤血球が骨髄で作られ補給されている。約30日で半数の赤血球が入れ替わる。

※2 肝臓に送られるビリルビン

この過程で障害が起こると血中のビリルビン濃度が上昇して黄疸を起こす。


※3 網内系

細胞内皮系ともいう。リンパ管や肝臓、骨髄など体内の各部に存在し、血液やリンパ内の異常を処理して抗体を形成するなど、生体の防御システムを担う細胞組織の総称。



ー脾臓は切除しても問題ないのですか。

当クリニックへ健診に来た方でも、年に7~8人は脾臓がない人がいらっしゃいます。その理由を聞けば「交通事故で破裂した」という方が多いです。脾臓は交通事故や高所からの転落といった大きな衝撃で破裂しやすい臓器なのです。
もし損傷したのが肝臓だったら極力温存します。肝臓は再生能力が強いので、半分くらい切除しても半年や1年後には肥大して元のような機能を回復するからです。しかし脾臓の場合はそこまで回復しません。破裂して出血しているのであれば全切除することになります。当然、切除後は正常な人と比べれば免疫機能などに差は出てくるとは思いますが、衛生状態のよい日本では特にそこまで問題になることはありません。ただし、肺炎球菌やインフルエンザの感染リスクが高まるといわれているので、ワクチン接種はしたほうがいいでしょう。先ほどの赤血球を壊す役割についても同様で、網内系の他の臓器に代役をする場所があります。普段は休んでいますが、脾臓がなくなったのなら、じゃあ頑張ろうかと機能が復活するという現象が起こります。脾臓は影武者のようなもので、いざなくなったからといって赤血球が老人ばかりにならない仕組みになっています。脾臓は小さくて流れ込む血液も限られていますが、もし必須の臓器ならもっと大きく作られているはずです。そういう点では虫垂と同じように、切除しても大丈夫という印象を持たれている臓器です(※4)。

ーずいぶんと曖昧な立ち位置なのですね。

脾臓の役割の3つめですが、血液中の血小板のうち約3分の1を貯蔵しています。血小板は怪我をしたところに集まって固まり出血をとめる細胞です。血小板の寿命は1週間程度しかないので、脾臓では古くなった血小板を破壊して数や働きを調整し、必要に応じて放出しています。
そこで、血小板が減少する難病である特発性血小板減少性紫斑病(ITP)(※5)の患者には、脾臓を切除することで全身に回る血小板数を増加させるという治療法があります。人間が生きていくうえで血小板の数はとても重要です。少なければ出血が止まらずに死んでしまいますから、血小板を壊す脾臓がターゲットにされるわけです。取ったあとは血小板数が2~3倍ほどに増加します。
逆に、血小板増多症という血小板が増えすぎる病気があります。このとき脾臓は血小板をたくさん壊すかといえば、そこまでの能力はありません。いつも通りの仕事をこなすのみ。淡々と静かにノルマをこなし、どこかで病気が見つかれば切られてしまうというのが脾臓の持って生まれた宿命なのです。

ー脾臓本体ではどのような病気があるのでしょうか。

脾臓自体の病気はあまり多くはありません。約5千人に1人の割合で先天的に脾臓がない「無脾症」、約1万人に1人の割合で脾臓を複数もつ「多脾症」の新生児が生まれていると推計されています。人間のの内臓は、心臓が左側、肝臓が右側というように左右非対称になっています。これは左右を決定する遺伝子があるからです。母親のお腹の中ではじめは左右対称だった受精卵が、遺伝子の命令に従って分化して次第に左右を形成していきます。なんらかの異常でこの遺伝子の左右が逆になった場合は、左右の内臓が入れ替わる全内臓逆位が起こります。全ての臓器の配置や形状が完全に逆であれば、さほど問題は起こりません。ところが、左右とも右の遺伝子が優位となった場合は左にあるはずの脾臓が作られず、逆に左の遺伝子が優位であれば脾臓が複数できることになります。脾臓そのものは多くても無くても身体全体の機能にそれほど影響がありませんが、ほとんどの場合で心臓や肺に重度の先天性疾患を抱えています。そちらのほうが生死に関わる大問題となっています。なぜこの病気が起こるのか、原因は解明されていないのが現状です。
脾臓に腫瘍ができることはほとんどありませんが、悪性リンパ腫などがみつかることはあります。悪性良性の確定診断が難しい場合は、他へ転移するリスクを考えると取ってしまった方がいいという判断になります。

※4 脾臓の切除
近年は脾摘出後重症感染症(敗血症など)のリスクを考慮し、治療が困難な場合を除いてなるべく切除は避けられる方向に変化しつつある。

※5 特発性血小板減少性紫斑病(ITP)

自分の血小板に対する抗体が作られるために、血小板が破壊されて減少する病気。出血しやすく止まりにくくなり、皮膚の青あざ、歯肉からの出血、鼻血、血尿、血便などがみられる。重症の場合は脳出血の危険がある。近年ではピロリ菌との関連が明らかになり、ピロリ菌を除菌することで血小板数に改善がみられるケースが多い。


※6 胆嚢

胆嚢自体は袋状臓器なので、空腹で胆汁が嚢内に溜まっていると腹部超音波検査でみることができる。ポリープや胆石などがあるか調べる。

※7 伝染性単核球症

主症状は発熱、喉の痛み、リンパ節の腫れなど。思春期に発症することが多く、唾液を介して感染するためKissing disease(キス症)とも呼ばれる。「昔のアメリカの大学では、夏休み頃になるとリンパ節を腫らしている1年生の女子生徒をみたものです」(木戸口先生談)

※8 スポーツ時の接触による脾臓の破裂

伝染性単核球症による脾臓破裂の割合は0.1~0.2%。死亡率は9%。

ー健診では、どのように脾臓をみているのですか。

腹部超音波(エコー)検査を実施しています。超音波で狙うのは上腹部の実質臓器です。まずは大きな肝臓、左右の腎臓そして胆嚢(※6)、膵臓、脾臓をみています。
脾臓を映すとたまに本体の横に、小さなアクセサリーのような1cmほどの脾臓が見えることがあります。これは副脾といって、多脾症とは異なり異常でも病気でもありませんので、そのままにしていても問題はありません(表1)。
また脾臓が肥大した脾腫が見られることがありますが、これも見つかっただけなら対応の必要はありません。もし心臓や肝臓が肥大しているのであれば要再検査・要精密検査となるところですが、脾臓に脾腫がみられたからといって詳しく検査範囲を拡大しようとはならない。それほど軽視されがちな臓器なのです。あったはずの脾腫が2、3年後には消えていたこともあります。実際に致命的な病気に発展するということは非常にまれです。

ーとはいえ、肥大していると聞くと気になりますね。

脾臓自体が原因ではなく、様々な病気からの影響を受けて脾腫が起こることの方が多いです。
たとえばEBウイルスの初感染によって起こる伝染性単核球症(※7)。これは割と一般的な感染症で自然と治ることが多いのですが、約半数の患者に脾腫がみられます。このとき気をつけたいのが相手に接触するスポーツです。非常にレアなケースですが、接触で脾臓が破裂してしまい重症化する(※8)ことがあります。空気を入れすぎて張り詰めた風船にポンとショックが与えられ破裂するイメージです。伝染性単核球症の治療後も2ヶ月程度は、スポーツだけでなく日常生活においても、腹圧のかかる力仕事などは避けるといった注意が必要です。

ー最後に、一言お願いできますでしょうか。

たとえば血球算定検査(CBC)の結果に増減があったり基準から外れていたとしても、皆さんは貧血気味かなと思う程度で見過ごしてしまっているかもしれません。しかし、意外な臓器が闇の仕掛け人として鍵を握ってることが少なくありません。その典型的な例が脾臓です。もし健診結果の数値に異常がみられたときは、自己判断で放置してしまわず必ず医師へ相談するようにしてください。