心臓弁膜症、心不全、狭心症、心筋梗塞…馴染みがないだけに、恐ろしい印象がある心疾患。しかし事前に知り、対策することで予防は可能です。五臓六腑シリーズの6回目となる今回は、医療法人厚生会理事長・厚生会クリニック院長の木戸口公一先生から前号に続き心臓に関するお話を伺いました。
ー本日はよろしくお願いいたします。マスク着用や一定の距離をとるなどの対策はもちろん欠かせないものの、ようやく直接お話が伺えるようになりました(取材は感染者数が落ち着いていた6月下旬に実施)。
感染症対策の手段や指針も紆余曲折の末にどうやら浸透し、あくまでも現時点の話ではありますが「Withコロナ」の生活が本当に始まったという感じがしますね。マスクによる感染拡大防止という点では、日本はもともとインフルエンザの時期などに着用する習慣があったせいか、各国に比べてアドバンテージがありました。
ただ、今年は猛暑が予測されています。暑い中でもずっとマスクを着けていると熱中症のリスクが高まると言われているので、画一的に「外で十分な距離があるけど、皆が着けているから外さない」というのではなく、自分の判断で自らの健康を守ってほしいと思います。特にお子さんには、単にルールを強制するのではなく親御さんや先生から正しい情報を伝えてほしいです。その場の感染リスクと予防の意識を忘れないようにしながら、友人との食事やスポーツ観戦が楽しめる生活を続けていきたいですね。
ー本当にそうですね。さて、今回は五臓六腑シリーズ「心臓」の後編ということで、主に心電図や不整脈について触れた前号に続き、お話をお聞かせいただければと思います。
ネイティブ・アメリカンのイディオムに、このような一節があります。
「あなたが生まれたとき、周りはニコニコ笑って、あなたは泣いていたでしょう。あなたが死ぬときは、周りが涙を流して、あなたは笑っていられるような生き方をしなさい」(※1)
いい言葉ですね。生まれたときに泣いていたというのは、もちろん産声のことです。なぜここで紹介するかというと、人間は生まれた瞬間に水生動物から陸生動物に劇的な進化を遂げ、心臓を含めた生涯の循環系統が完成するからです。
※1 ネイティブ・アメリカンのイディオム
チェロキー族が残した言葉とされている。原文は以下のとおり。
ー羊水の中から陸上に出てきたのはわかりますが、生まれた瞬間に完成するというのはどういうことでしょうか。
赤ちゃんが母親のお腹にいる間は、へその緒(臍帯)を通じて酸素と栄養を受け取っているので、肺でガス交換をする必要がありません。そのため、胎児の心臓は血液を肺に送らずバイパス(動脈管と卵円孔)を経由して大動脈に血液を流します。血液中の二酸化炭素と老廃物は、胎盤を経て母体へ戻されます。
しかし空気を吸いこんで肺が膨らみ「おぎゃー!」と声を上げたまさにそのとき、卵円孔と動脈管は急速に閉じて、血液は右心室から肺にのみ送られるようになります。同時に、胎盤につながっていた血液経路も役目を終え、赤ちゃんは独力で血液を循環させて生きていくわけです。このドラマティックな変化は、まさに生命の神秘といえるでしょう。
ーなるほど、そして心臓は、そのあと涙で見送られる瞬間までずっと動き続けるというわけですね。
はい。おっしゃるとおり命ある限り止まらないのが心臓の特徴ですが、それだけにこの臓器の疾患は重大な結果をもたらす事が多いのです。
健診で重症の心疾患の方が来られることはまずありませんが、なかには心臓の機能低下が危ぶまれる構造の異常が見つかるケースもあります。(※2)
その代表的な病気のひとつが心臓弁膜症です。ご存じのとおり心臓は4つの部屋でできていて、各部屋には血液の入口と出口が存在します。(図1)。
そこにある心臓の弁は、血液を逆流させずきちんと送り出すための調整役で、拍出にあわせてタイムリーに開け閉めをするようになっています。
※2 先天性の構造の異常
「心房中隔欠損症(ASD)や動脈管開存症など、稀に先天性心疾患が発見されることもあります」(木戸口先生の補足)
ー高齢者の心臓弁膜症については、テレビCMもよく見かけますね。
そうですね。弁膜症は弁がきちんと開かずに血液がスムーズに出ていかない「狭窄症」と、弁がきちんと閉まらず血液が逆流してしまう「閉鎖不全症」に分類されていて、特に多いのが大動脈弁狭窄症です。加齢、動脈硬化などが原因で大動脈が硬く開きにくくなるもので、進行すると心不全へつながるため早期の発見が重要です。
ー発見するためにはどんな検査が必要でしょうか。
胸部X線で軽度の心肥大がわかったあと、心エコーで確定診断をつけるというのが代表的です。それに加えて、聴診器で雑音を聴くというのもスクリーニング検査とし手非常に大事です。聴診では心音リズムの乱れから不整脈を発見するだけではなく、拡張期・収縮期に血液が弁を抜けるときの雑音を聴き分けることで、弁膜症の診断に役立ちます(図2)。
そのために聴診器を当てる位置を変え、機能性雑音(※3)と区別しながら、診察時間の中でできるだけ正確に聴きとろうとしているので。
※3 機能性雑音
聴診で雑音が聞こえるが、異常とはいえない場合を指す。無害性雑音ともいう。子どもに多く、成長すると消失することがほとんどだが、加齢とともに軽い動脈硬化などで雑音が生じるケースもあるので鑑別が重要となる。
-聴診器はそこまで意味があるのかなと思っていました…。失礼しました。
いえいえ。なお、先ほどの大動脈弁狭窄症や高血圧などを放置し、心肥大と診断されるケースがあるかと思います。心肥大のほとんどは左心室の壁が分厚くなった状態で、血液を送り出す際に通常より負担がかかることで心臓の筋肉がいわば鍛えられてしまうわけです。
適度な筋トレで全身の筋肉をつけて基礎代謝を上げるのはぜひおすすめしたいですが、心肥大は心臓の機能低下や突然死のリスク増加を招いてしまうので、注意が必要です。
ー心臓の機能が低下した状態というのは、いわゆる心不全を指すのでしょうか。
厳密には異なりますが、おおむねそのとおりです。心不全については学会で定義されていて(※4)、簡単に説明すると、血液を全身に送り出すポンプ機能が正常に働かず徐々に悪化する状態を指します。血流が悪くなり全身の酸素不足を招くことで、動機や息苦しさ、むくみといったいろいろな症状が出てくるのですね。
※4 心不全の定義
「心不全とは、心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなり、生命を縮める病気です。」日本循環器学会と日本心不全学会による発表(2017年10月31日)より抜粋。
ー心不全を防ぐにはどうすればよいでしょうか。
ガイドラインによると、心不全は4つのステージに分類されています(図3)。早い段階で治療を開始し、生活習慣を改善していけば重症化リスクを下げることは十分に可能です。
また、心不全の予防という点では、近年新たにわかったことがあります。これまで、心臓の機能低下は血液を送り出すときの能力(収縮能)の衰えが問題となっていたのですが、実はそのもっと前の段階で、送り出すための血液を充分に心室に吸い込む能力(拡張能)が衰えはじめていたのです。
これは、労災二次健診(※5)で実施する頚動脈エコーや心エコーのデータから見えてきたことで、心不全の症状がなく収縮能には問題がない人でも、E/A比(※6)などを見ると拡張能に軽度の劣化がみられることがあります。それから数年間フォローしていくと、やがて収縮能が低下してくることがわかってきたのです。
※5 労災二次健診
定期健診において、血圧・脂質・血糖・腹囲またはBMIの項目で異常所見があると診断された場合に受診できる。就業中の心臓および脳の疾患の発症を防ごうという意図でスタートした制度「心エコーが受けられて、費用は国が持ってくれるというお得な健診なので、もっと受診してほしいですね」(木戸口先生の補足)
※6 E/A比心エコーで血流の速度を測定することで求められる値。拡張能を容易に評価できる。
ーそれが心不全の前兆となるわけですね。
そうです。以前はそこまでわかっていなかったのですが、拡張能の低下が見つかったら、その時点で生活習慣を変えていかなければなりません。具体的な症状は何もなくても、病気の前兆を見つけ出して発症を未然に防ぐ。それが、私たち健診機関が唱える「未病のうちに改善する」という理念なのです。
ーなるほど。ところで心臓の疾患は日本人の死因(※7)の中でも上位に入っています。
がんに続いて死亡率が高いのが心疾患ですからね。その多くが狭心症や心筋梗塞、いわゆる虚血性心疾患で、「虚血」という字のごとく、心筋自体に血液が行き届かない状態を指します。
先ほど心筋が鍛えられて分厚くなる話をしましたが、もともと心臓は筋肉の塊です。前号でご説明したように、心臓は1日10万キロメートルの血管に血液を送ろうと一生懸命収縮しているので、常にたくさんのエネルギー、つまり血液を必要としています。
心臓自体に血液を運ぶ血管を冠動脈(冠状動脈)(※8)といいますが、ここが糖尿病や高血圧などで動脈硬化が起きて詰まったらどうなるか。「心臓を動かしたいのに、血液が来ないじゃないか」ということで心筋が悲鳴を上げる。これはものすごくえぐい痛みです。僕も一度だけ経験があります(※9)。
※7 日本人の死因
令和3年人口動態統計によると、死因のトップ3はがん(26.5%)、心疾患(14.9%)、老衰(10.6%)。※8 冠動脈(冠状動脈)
左冠動脈(左前下行枝、左回旋枝)と右冠動脈の3本に分かれ、心筋自身に血液を送っている。心筋が発達した左心室に走行する左冠動脈は拡張期に血流が増加するが、右冠動脈は比較的に一定の量を保っている。
※9 狭心発作(狭心痛)
「医学部時代にサッカーをした後、さらに五右衛門風呂の中でトレーニングをしていたんですね。お風呂を上がったら、湯冷めもあったのか急に胸の奥をギューっとつかまれるような気持ち悪い痛みが走って、これが狭心痛かと。すぐおさまりましたけどね。」(木戸口先生の体験談)
ーいやあ…想像したくないです。
具体的に言うと、冠動脈の血流が少なくなることで心筋が酸素不足になって発作が起きるのが狭心症で、血管が詰まって心筋細胞が壊死してしまうのが心筋梗塞です。狭心症は心拍数が上がるタイミングで起きることが多いのですが、からだを動かしていないときでも、冠動脈が攣縮(けいれんによる一時的な狭窄)を発症することもあります。胸の痛みや圧迫感などが続くような場合は、狭心症のおそれがあります。心筋梗塞に移行する場合と命に関わるケースおあるので、すぐに受診してください。
ー心疾患の治療にはどのようなものがあるのでしょうか。
状況によりけりで、薬物療法や冠動脈バイパス術などの外科的手術が考えられますが、
近年はカテーテルという細い管を使った治療が非常に進歩しています(表1)。
やはり開胸手術となると人工心肺を使用するためからだへの負担も大きくなるので、手や太ももの付け根(そけい部)の動脈から挿入して心臓の治療ができるこの方法は非常に有効です。
昔は手術可能な病院は限られていたのですが、比較的ポピュラーになってきているので不安な方はぜひご相談ください。
ー心疾患予防の面では、注意すべきサインはあるのでしょうか。
実は、心臓は非常にけなげに頑張っているので、なかなか症状としては出てこないのです。ただ、血液検査でBNPというホルモンの濃度を調べることで、隠れた心不全のリスク(心負担度)を数値化できます。オプション検査項目です。(※10)。
画像検査では特に心エコーを受けてほしいですね。心筋の動き方や壁の厚さをリアルタイムで観察・計測できます。また心臓内の血流を描き出して弁の異常などを発見することも可能です。事前に受診者様とお話させていただき、目的意識を持って循環器の専門医が検査をすれば、早期に狭心症などの病気を防ぐこともできる時代が来ています。
※10 NT-proBNP
マイヘルスVol.8(2018年秋号)で詳細に解説している。厚生会ホームページから閲覧可能。
ーありがとうございます。最後に、健診を受けに来られる皆様に一言お願いいたします。
私から、皆さんにぜひお願いしたいことがあります。健診でお話しさせていただく時間は限られていますが、不安なことがあったら何でも話してほしいのです。健診は年に1回という方も多いかと思いますので、1年間溜めてきた疑問や、どんなに軽くても自覚症状があるなら、遠慮せずにおっしゃってください。
健診は具合が悪くなって受診するのと違って、受診期日が決まっていますよね。だから話したいことがあったらリストアップするなど、準備していただけると非常に助けになります。
問診は、単に年1回の決められたやり取りをする場ではありません。過去のデータや当日の検査結果を基にいろいろとお話しさせていただき、その中で皆さんから積極的に「ちょっといいですか」とおっしゃっていただけるような間と雰囲気を作り出せるよう、私も努力をしています。だから、あなたの健康を守るため「私」と「あなた」で実りのある”場”にしていきましょう!
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