常に動き続けているにもかかわらず、普段は意識されない不遇な働き者「心臓」。五臓六腑シリーズの5回目である今回は、医療法人厚生会理事長・厚生会クリニック院長の木戸口公一先生から特に不整脈に関するお話を伺いました。
ーよろしくお願いいたします。コロナ感染者数の増加が止まらないですね(取材は1月下旬に実施)。
今号が発行されたときに状況がどうなっているかはわからないのですが、数字にとらわれすぎないことも大事だと思いますよ。医療関係者としては、全国の数を足して「これだけ増えた」というのではなく、地域や激化・鈍化のスピード、ワクチンの接種率なども視野に入れて分析し、報道機関にはそれを正しく伝えてほしいです。行政も従来のやり方ではなく、変異株はこれまでとは特徴が異なるのだからそれに応じた対策が必要でしょう。人の心理学的行動分析を加えての検証が欠かせません。まあ、愚痴はこのあたりで…(笑)。
ーさて、五臓六腑シリーズの第5回・第6回はいよいよ「心臓」がテーマです。今回は前編として、主に不整脈についてお話いただければと思います。
わかりました。ところで、あなたは恋してますか?ときめいてドキドキしていますか?
ーうーん…(考え込む)。
先日、もう40年くらいずっと診ている女性の患者さんに同じ質問をしてみました。返事は「何言うてますの先生、そんなのありませんわ」ということでしたが、若い人だと時折はドキッとして動悸を感じ、脈が速くなることもあるでしょう。はたして、これは不整脈でしょうか?
ー脈のリズムが正常と異なるのは確かなので、不整脈なのでは…。
実は、恋のドキドキは交感神経が活発になっているだけで不整脈ではありません。不整脈は一時的な脈の乱れではなく、全身に血液を送り出してくれる心臓に発生した異常で、さして問題ないケースからすぐに治療すべきケースまでさまざまな病態があります。
不整脈かどうかを判断する際には心電図が用いられます。この検査はあまり皆さんの印象には残らないかもしれません。というのも、健診後に血圧やコレステロールの数字は頭に残っても、心電図は「異常なし」くらいしか記載されませんから。ただ、非常に大事な検査であることはわかっていただきたいですね。
ー普段意識することは少ないですが、心臓を規則正しく動かしているのは電気信号の作用なのですね。
そうです。お読みになられている方は一度脈をとってみてほしいのですが、1分間に70回前後打っていると思います(*1)。その回数だけ洞結節から心房、房室結節、心室へと電気の刺激が伝わっているのです。最初に心房が刺激を受けて収縮し、血液を受け取って心室に送ります。その後すぐに心室が収縮することで、効率よく肺や全身に血液が送り出されます。
平均して1分70回前後の脈が、通常と異なるリズムになった場合、不整脈ということになります。脈が速くなる「頻脈」、遅くなる「徐脈」、そして不規則な拍動が現れる「期外収縮」に分類されます。
音楽で例えるならリズムの速さはアダージョ、アンダンテ、アレグロ、プレストなど(*2)いろいろありますが、不整脈の場合は度を過ぎてテンポ(心拍数)が速すぎたり遅すぎたりしているわけです。さらには、変拍子で突然変なところで刻むことがあり、期外収縮となります。
*1 生涯の脈拍数
「余談ですが、1分に70回だと1時間で4,200回、1日で10万回ですね。私は77歳になったので、ざっと計算して28億回。さらに母のお腹にいるときの胎児心拍や、好きな人にときめいたときのドキドキ分を足すと30億回くらいになるかもしれませんね(笑)」(木戸口先生の補足)
*2 速度標語
アダージョ(ゆっくりと)、アンダンテ(歩くような速さで)、アレグロ(快速に)、プレスト(非常に速く)。楽典によって異なるものの、平常時の心拍数であるBPM70はおおよそアンダンテに相当する。
ーそうなのですね。では、不整脈はなぜ起こるのでしょうか。
心臓の刺激伝導系は、いわば会社の組織のようなものです。平社員であるプルキン工線維が上からの命令(電気信号)でせっせとポンプ(心臓の筋肉)を動かしているのですが、急に命令を聞かずに自分で判断して動かすことがある、これが心室性期外収縮です。
身体中に指令を出す社長が脳だとするなら、課長が洞結節、係長が房室結節といえるかもしれません。上の判断が必ずしもうまく伝わらず、平社員の勝手な行動が止められないこともある(心室性期外収縮)。また、課長と係長の間(心房)でいざこざが起きると、上室性期外収縮が起こります。このような想定外の動きが不整脈だといえます。
社内の命令系統の乱れ、つまり不整脈の発症の原因は病気に由来するものもありますが、その他にも運動がきっかけだったり、ストレスや睡眠不足など生活習慣のせいだったりと多岐にわたるので、絞り込めないケースも多いです。
*3 社長(脳)の命令について
「社長は多忙で直接的に心臓に命令を発出するのではなく、循環器担当部長(延髄の自律神経)がもっぱらこの任を担っています」(木戸口先生の補足)
ー脈が乱れると、心臓はどうなってしまうのでしょうか。
単純に言うと、「正しく必要な分の血液を送り出せない」状態になっています。
心臓が血液を送り出すには、まず1回拍出量(*4)である60~70㏄の血液を心室に吸い込まなければいけません。しっかり吸い込む、勢いよく送り出すという工程でないと、血液は正常に循環しないのですね。そして、そのためには吸い込むための時間が必要となります。
例えば脈がすごく速くなった場合、心臓は激しく動いて血液を送り出しているように見えますが、十分に吸い込まないうちに次の収縮が始まるので、実は30㏄程度しか送り出せていないということもあるのです(*5)。
*4 1回拍出量
左心室が1回の収縮で大動脈に送り出す血液量のこと。1分間の合計(心拍出量)は一般的な成人で約5リットル。
*5 拡張能について
「これは次回に説明すると思いますが、心不全の原因として、左心室が収縮して血液を送り出す能力(収縮能)の衰えだけではなく、柔らかく拡がって吸い込む能力(拡張能)の劣化から始まっているというのが最近の知見です」(木戸口先生の補足)
ーなるほど。見た目通りではないこともあると。
はい。それでは、種類ごとに説明していきます。
まず頻脈ですが、電気信号を次々と出しすぎたり、リエントリー(*6)が起きることで、脈が速くなってしまいます。
あまりに速くブルブルと小刻みに心室が震えて、もう送り出す血液がなくなるというのが心室細動(心室粗動)で、脳や重要な臓器に血液が供給されないので死に至る場合もあります。頻脈性不整脈は、不整脈の中でも一番リスクが高いといえるでしょう。
続いて徐脈は、電気信号が作られない、もしくはうまく伝わらないことで脈が遅くなります。健診でも週に1人くらいは1分間の脈が40~60回の人が来られますが、聞いてみると「
僕、マラソンをしています」というケースがよくあります。トレーニングにより心室が拡大して、1回拍出量が多くなった結果です。老化により徐脈の傾向が出てくるのは自然ですが、遅すぎてアダムス・ストークス症候群(*7)の症状が出るような場合は受診すべきでしょうね。
最後に期外収縮です。イレギュラーに通常より早いタイミングで脈を打ち、次の脈までに時間が空くため不規則なリズムになります。
受診される人の中でも一番多く、何を隠そう私自身も症状が出たことがありました(*8)。代表的な心室性期外収縮は原因がよくわかっていなくて、自覚症状がない人もたくさんいます。治療の必要がないケースがほとんどですが、ダダダッと連発したり、いろいろなところから発生する多源性の期外収縮は注意が必要です。
*6 リエントリー
正常な電気信号の通り道以外にも回路ができてしまい、その回路をぐるぐると信号が回り続けること。発作性上室性頻拍症などを招くことも。WPW症候群など。
*7 アダムス・ストークス症候群不整脈が原因で脳に送られる血流が不十分となり、めまいや失神、けいれんなど一過性の脳虚血症状を引き起こした状態。
*8 木戸口先生の体験談
「あれは30歳前後かな。まだ大学で研究していた時代に週1回テニススクールに通うことにしたところ、始めて3ヶ月くらいで期外収縮が出るようになって、その後半年経つと治まったんです。心室性期外収縮とわかっていますから医者の不養生でほったらかしにしてたんですけどね。皆さんは受診してくださいね」
ーそして、そのような不整脈を調べるのが心電図検査ですね。
心電図に関しては過去にも取り上げたので(*9)そちらもご覧いただきたいのですが、心臓に流れる微弱な電流を測定して波形で表示することで、電気の流れる方向や強さを時系列に沿っていろいろな角度から調べることができます。不整脈のほか、心筋の異常(肥大や心筋障害、冠動脈不全症)の発見にも役立ちます。
もっともポピュラーで健診でも使用される標準12誘導のほか、24時間記録できるホルター心電図や、植込み型のものも近頃増えています。植込みは小切開で可能ですし、長時間の記録で危険な不整脈を発見できることもあります。
ちなみに、すでに発明されていたものの医学的には使いどころがなかった心電図を、実際の診断に役立てるようにしたのは田原淳さんという日本人です(*10)。
100年以上も前の話ですが、原理的には現在のものと全く変わりません。おかげで多くの心疾患が発見され、人命が救われているわけです。
*9 心電図の過去特集
マイヘルス2018年秋号(第8号)の特集「知っているようで知らない心電図」参照。厚生会のウェブサイトから閲覧可能。
*10 田原淳(たわら すなお)
日本の病理学者。留学先のドイツで研究を重ね、1905年に心臓の刺激伝導系を解明した。房室結節の別名「田原結節」にも名前を残している。
ー不整脈の治療としては、どのような方法があるのでしょうか。
大きく分けると、投薬による治療とカテーテルアブレーションの2つです。(*11)
仮に、心房細動が起きたとします。心房が細かく震えて正常に血液を送り出せず、左心耳という奥まったところに血液が溜まってしまうと、溜まった血液は固まりやすいため、血栓ができる。剥がれた血栓が全身に飛んで、例えば脳の血管で詰まった場合は心原性脳塞栓症(脳梗塞)となります。それを防ぐために、血栓ができにくくする抗凝固薬(*12)が処方されるわけです。カテーテルアブレーションは、足の付け根から挿入したカテーテルを心臓まで進めて、不整脈を発生させている部位を物理的に高周波電流で焼灼する治療です。外科手術ではありますが身体的な負担が少なく、1回の治療で心房細動が完治するケースも多いです(他にはWPW症候群等に有効)。
*11 その他の治療法
徐脈の治療として用いられるペースメーカーや、重症の頻脈性不整脈に対応して脈の監視および電気刺激を行う植込み型除細動器などもある。
*12 抗凝固薬
「代表的なものはワーファリン(ビタミンK拮抗薬)です。血液を固めるのに必要なビタミンKの働きを抑えるお薬なので、服用中はビタミンKが豊富な納豆などは禁止です。ただ、近年はDOACという新しい薬もあり、こちらは食事制限は必要ありません。また、薬物治療では心拍を正常に戻す抗不整脈薬(ベータブロッカー)もありますが、今は主流ではないですね」(木戸口先生の補足)
ーありがとうございます。最後に一言お願いいたします。
高齢化によるものか、近年は心房細動の患者さんが増えていると言われています。心房細動のおそれがあると診断された場合、決して放置せずに医療機関でちゃんとフォローしてください。心原性脳塞栓症は高齢になるとリスクが高まり、死亡あるいは助かっても重い後遺症が残る可能性がありますから。薬で予防できる病気なので、悔いを残さないためにもぜひお願いします。
生活様式の変化でストレスフルな時間が続く昨今ですが、心臓でもそれ以外でも「あれ?いつもと違うな」という自覚症状があるときは、我々医師に遠慮なく教えてくださいね。
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