2021秋号「酸素のデリバリー&不要物回収!「肺」の仕事とは」

長時間マスクをつける生活が続くことで、改めてその貢献について意識する機会も増えてきたであろう「肺」。五臓六腑シリーズの4回目となる今回は、医療法人厚生会理事長・厚生会クリニック院長の木戸口公一先生に、肺に関するお話を伺いました。


ー毎回導入が同じで恐縮ですが、コロナの脅威は収まる気配がないですね(取材時期はオリンピック開催前)。


なかなか状況が変わらないですね。ワクチン接種が早かったイギリスは、感染者は多いものの病院のベッドが逼迫していないので生活様式自体に大きな制約をかけておらず、その方式が世界で注目されています。
日本もワクチン接種が進んでいますが、必要な数の確保などで混乱を招いてしまったほか、変異株の感染拡大が続いており今後の動向が気になります。


ーさて、今回は「肺」がテーマです。呼吸するときに肺は…。


(急に)大きく息を吸って!止めて!…「ハイ」結構です。これは胸部レントゲンを撮るときにしてもらう動きですが、あなたは今、肺を動かしましたか?


ー(深呼吸して)肺は膨らみましたが、自分で動かしたという感じはしないです。


五臓六腑の中で、唯一心臓は横紋筋でかつ不随意に動いていますが、その他の臓器は単独で動くことはできません。肺が呼吸で膨らむときも、肺自体が動いているのではなくパッシブ(受動的)に動かされるのですね。
仕組みとしてはこうです。人間には胸郭という肋骨で囲まれた空間があって、横隔膜と胸の筋肉が収縮することで空間が広がって圧力が低下します。その分だけ肺が膨らんで大きくなり、吸い込んだ空気が入ってくるのです。吐き出すときも同様に、空気が勝手に出ていくのではなく横隔膜を緩めることで胸郭内の圧力が上昇して肺が縮み、空気が押し出されます。
ちなみに、肺は左右で大きさが異なります(*1)。左には心臓があるので、その分小さくなっています。

*1 肺の左右差
右肺が上葉・中葉・下葉の3つ、左肺が上葉・下葉の2つで構成されている。


ー風船を膨らませるのとはわけが違うのですね。吸い込んだ空気は体の中でどうなっていくのでしょうか?


1回の呼吸で吸い込む量はだいたい500㏄、ペットボトル1本分程度です(*2)。鼻から吸い込んだ空気は気管を通り、左右の気管支に別れて両方の肺に進み、さらに細かく枝分かれして最終的に先端の肺胞に到達します。ぶどうの房のようになっている部分ですね。
肺の役割を一言で表すと「ガス交換」ということになりますが、それを行うのはこの肺胞です。肺胞の周囲には、薄い肺胞上皮と血管内皮を隔てて毛細血管が接しています。そこで酸素が血液中に取り込まれ、同時に不要な二酸化炭素(炭酸ガス)を回収します。(別図1)。

これは酸素が少なくなった静脈血が肺胞に接した際に、分圧に差があることで生じる現象です。(*3)

*2 吸い込む空気量
実際には気道内に空気が留まるデッドスペースがあるので、1回の呼吸で肺胞まで届くのは350㏄、缶1本分程度。その中から毎分300ml程度の酸素が血液に送られる。なお、肺胞の表面積の総計は100㎡にも達する。

*3 分圧とガス交換
分圧は混合した気体において各気体が単独で存在したときに示す圧力で、その単独の気体の濃度と考えてもよい。肺胞内の空気は酸素濃度が濃く、肺胞の周囲の毛細血管は二酸化炭素が濃いため、ガス濃度が均一になろうとして交換がなされる(拡散の法則)。


ー血液を介して、酸素の供給と二酸化炭素の排出をしてくれるわけですね。


そうですね。流れをおさらいすると、全身の細胞から集められた「二酸化炭素が濃い血液」は静脈を通って右心房・右心室に入り、そこから肺に送られてガス交換をされることで、「酸素が濃い血液」になります。その後、左心房・左心室を経由して再び全身に送られるわけです。

そのときに血液に取り込まれた酸素は、溶け込んでいるわけではなく、赤血球内のヘモグロビンにくっついて効率よく運ばれていきます。(*4)。
酸素はからだのATP産生(*5)、活力の原資でなくてはならないものです。隅々の細胞まで運ばれてエネルギーを作り出す材料となっています。

また、酸素を取り入れると同時に二酸化炭素を排出することも非常に重要です。体内を流れる血液は、エネルギーを産み出した後の老廃物である二酸化炭素を各細胞から回収して肺へと向かいます。
なお、肺疾患等で二酸化炭素の排出に支障をきたすと、動脈血中の二酸化炭素が上昇し、体内のpH が低下して呼吸性アシドーシス(*6)という状態を引き起こします。

*4 ヘモグロビン
酸素を運搬する役割を果たすのが、赤血球の血色素であるヘモグロビン。αとβのサブユニットを2つずつ持ち(四量体構造)、それぞれのヘム鉄に酸素を結合する。ヘモグロビンは肺で酸素と結びつき、運んだ先の細胞内で酸素を離す。

*5 ATP産生
ATPは「アデノシン三リン酸」のこと。細胞はATPを分解することで得られるエネルギーで生命を維持しており、効率よくそのATPを産生するのに酸素が必要となる。

*6 アシドーシスとアルカローシス
体内では常に代謝が行われ、常に酸性物質が作り出されているが、肺の働き(呼吸)と腎臓の働き(尿)により余分な酸性物質が排出され、弱アルカリ性(pH7.4)のバランスを保っている。このバランスが崩れ、酸性に傾いた状態をアシドーシス、アルカリ性に傾いた状態をアルカローシスという。換気に障害がある、もしくは過換気(過呼吸)になるとどちらかに傾いてしまい、さまざまな障害が出る。


ー肺に関する検査はどのようなものがありますか?


胸部レントゲン・CTなどの画像診断が中心ですが、呼吸の機能を調べる検査として、肺機能検査(スパイロメトリー)があります。ガス交換のときに肺に送り込む空気の容積を計測して基準値と比較する%肺活量(*7)と、短時間でスムーズに息を吐き出せるかどうかを調べる1秒率(*8)が代表的な項目です。
息をたくさん吸い込むことも大事ですが、気持ちよく息を吐き出せるかどうかも非常に重要なのですね。喘息などで肺胞にいくまでの細い気管支が狭く硬くなっていると、勢いよく空気を出せない。1秒率の数値でその程度がわかります。
肺機能検査はオプションとして実施されていますが、息を勢いよく吐き出して周囲に広げてしまう検査なので、検査業界の方針としてほとんどの医療機関では当面実施を見合わせています。

*7 %肺活量
年齢・性別・身長から計算された基準(予測肺活量)に対する実測肺活量の割合。

*8 1秒率
実測肺活量の中で、最初の1秒間で吐き出せる量が占める比率。


ーありがとうございます。ここからは、肺に関連する疾患について伺えればと思います。

まずは、持って生まれた(先天的)もので他の病気を誘発することもなく、ほとんどの場合は治療の必要がない「自然気胸」を紹介します。
健診で胸部レントゲン画像を見ていると、特に肺上方(肺尖部)に小さな袋の陰を目にします。気腫性嚢胞といいますが、これ自体は特に珍しいものではありません。ただ、この気腫性嚢胞がたくさん発生することもあり、この嚢胞が大きい病変をブラ(*9)と呼びます。

袋の部分は換気の役に立たず、構造上壁が薄くて弱いので何らかのきっかけで破れてしまうことがあります。すると、息を吸い込んでも肺からシューっと空気が抜けて肺が萎み、片方の肺から酸素が取り込みにくくなるので「あれ?息苦しいな」と気づく。これが自然気胸で、思春期頃の若いやせ型の男性に多く見られます(*10)。さて、肺の病気の話に戻りましょうか。

*9 ブラ(bulla)
肺内に嚢胞(気腔)ができる病変。原因は多くの場合で不明。先天性のものと後天性のものがある。肺気腫と異なり肺組織の破壊がなく、一般的には無症状。

*10 自然気胸は若い人だけ?
「年を経て、弱い壁の部分も強くなっているから可能性は低いけれども、40歳でも50歳でもありえます。僕の経験だと、51歳の方を診察したケースがあります。ただ、非常に稀なのであまり気にする必要はないでしょう」(木戸口先生による補足)


ーわかりました。いわゆる普通の風邪も、肺の病気と考えてよいのでしょうか?


厳密に考えると、単なる風邪は肺の病気とはいえません。ただ、まとめて説明するには風邪を含めたほうが都合がよいのです。
私たちが吸い込む空気は、鼻(口)から入ってきて咽頭、喉頭、気管、気管支を通って肺胞に到達します。その道のりを二つに分けると、鼻から喉までが上気道、それ以降が下気道と呼ばれます(別図2)。

普段私たちがいう風邪では、上気道の炎症により鼻水やせき、たん、喉の痛みなどの症状が起きます。この時点で治れば肺は無事ですが、風邪が進行する、もしくは肺炎球菌などの病原体(*11)に感染して炎症が肺にまで及ぶと「肺炎」になるわけです。
インフルエンザ自体が肺炎を引き起こすことはありませんが、上気道がダメージを受けることで二次感染しやすくなり、結果として肺炎を引き起こし重症化するケースがあります。

*11 レジオネラ菌
「風邪と直接関係するわけではありませんが、肺炎を引き起こす病原体のひとつとしてレジオネラ菌が挙げられます。お湯が循環している浴場施設や、建物の屋上にある冷却塔(クリーニングタワー)などの水系で繁殖する性質があり、近年でも集団感染が報じられたことがあります」(木戸口先生による補足)


ーインフルエンザウイルスのお話が出ましたが、風邪もウイルスが原因ということでよいでしょうか?


細菌やマイコプラズマなどが原因であるケースもありますが、ほとんどはウイルスです。ライノウイルス、アデノウイルス、RSウイルスなどが代表的で、その他にもう聞きたくない名前も出てきます。そう、コロナウイルスです。
現時点で人間への感染が確認されているコロナウイルスは7種類で、内訳は通常の風邪が4種類、2002年に流行したSARS、中東で感染拡大したMERS、そして新型コロナウイルス感染症です。(別表)。同じコロナウイルスによる感染症でも、感染力や症状などこれほどまでに違いがあるわけです。

ーなるほど。結核についてはいかがでしょうか?


大阪府は日本で一番罹患率が高い都道府県で、中でも大阪市はさらに悪いです(*12)。さまざまな議論、そして対策が行われていますが、早期に検査や治療が受けられない環境がまだ存在することは確かです。一朝一夕に解決できる問題ではありませんが、決して過去の病気ではないのですべての人が注意しなければいけないと思います。

また、結核と近い症状ですが異なる病気であるNTM(非結核性抗酸菌症)については、胸部レントゲンについてお話したときにも触れました(マイヘルス第10号参照)。

*12 大阪の結核罹患率
2019年に新たに結核患者として登録されたのが全国で14,460人。罹患率が一番高い都道府県が大阪府の18.4で大阪市はさらに上がり25.6となっている。


ー一時期アスベストの健康被害が話題になりましたが、周囲の環境によって起きる肺疾患もありますね。


鉱物や金属、最近だと溶接ヒューム(*13)などの粉じんを吸い込むことで、肺が繊維化してしまう「じん肺」ですね。おっしゃったアスベストによる石綿肺や、シリカ(石英)による珪肺が代表的です。
食事なら「まだお腹空いてないからお昼を遅めにしようか」とできても、「空気が悪いから10分間息を止めておこうか」はできない(笑)。人間は空気を吸わずに生きていけませんので、どうしてもある程度の異物を吸い込んでしまう。肺は下界の影響を非常に受けやすい臓器だといえます。

*13 溶接ヒューム
金属アーク溶接等で溶かされた金属が蒸気となり、その後冷却され細かい粒子になったもの。健康障害のリスクが高く、今年の4月から特定化学物質として規制されている。


ーその他の疾患は、どのようなものがあるでしょうか?


すべて触れていくわけにはいきませんが、いくつかお話します。
まずは肺がん。がんの中でも最も死亡数が多く、治療も難しい部類に入ります。トピックとして、胸部単純レントゲンとCTで肺がんの発見率を比較したとき、CTのほうが4.3倍も高かった(*14)ことが挙げられます。通常は胸部単純レントゲンによる健診を行い、リスクが高い人は積極的にCTを選ぶなど、かしこく健診を受けることが大事です。
次は喘息です。アレルギー(*15)などが原因の炎症で気管支が敏感になり、狭くなってしまうことで起こります。また、近年は風邪などが治ってもそのまませき喘息になってしまう患者さんも増えてきています。
COPDは、主にタバコが原因で肺胞の弾力が失われたり、肺胞壁が壊れて肺気腫の状態になったりして、ガス交換がうまくいかなくなる病気です。症状が進行すると、常に酸素の吸入が必要になるため酸素ボンベを持ち歩くことになるケースもあります。ご自分の、そして周囲の人の健康のためにも、喫煙者の方はぜひ禁煙しましょう(*16)

*14 肺がんの発見率
胸部CT:0.098%
単純X線撮影(レントゲン):0.023%

(人間ドック学会【人間ドック Vol.36】2021年6月より)


*15 アレルギー

特定の異物に対して免疫が過剰反応し、症状を引き起こすこと。喘息発作を引き起こすのはダニ、ハウスダスト、ペットの毛、花粉、カビなどが多い。


*16 禁煙の効果について

「4年前の論文で、男性は21年、女性は11年禁煙を続けると、がん罹患リスクが非喫煙者と同じになると発表されました(Cancer Epidemiology 2017年51巻98-108ぺージ)。

COPDを含めさまざまな病気のリスクが低下するので、すぐに禁煙を始めてほしいですね」(木戸口先生による補足)


ー最後にマスクが手放せないこの時代を乗り越えて健康を保つためコツを教えていただければと思います。


人間は置かれた環境に適応する生物なので、マスクという負荷をかけて長時間過ごしたということも、特にメンタルに影響が出てくるのではないかと思います。これからの健診は、そのような視点を持つことも重要になるのかもしれませんね。
コロナが去ったあとも、感染症のリスク自体はなくなることはありません。私たちにできることは、いつしか身についた三密の回避やマスク着用・手洗いの励行といった良い側面を残していくこと、そして食事や運動など日々の生活習慣を改善して、長期的に自らの健康をコントロールしていくことではないでしょうか。