ストーリーの重要な点を「話の肝」というように、肝臓は私たちのからだにとって非常に重要な役割を果たしています。五臓六腑シリーズの3回目となる今回は、医療法人厚生会理事長・厚生会クリニック院長の木戸口公一先生に、肝臓に関するお話を伺いました。
※感染予防のため、オンラインにて取材を実施しました。
ー前回の取材時(2020年7月)にもまして、大変な事態になってきましたね。
そうですね。現在は感染者数をなんとか抑えながらワクチンの接種を待っている状況ですが、まずは医療従事者やリスクの高い人を優先するため、すべての人に行き渡るのはまだまだ先の話です。
ガリレオ時代のペストからスペイン風邪、近年では新型インフルエンザなど、人類はいろいろな経験はしてきているのですが、コロナはまた違う特徴を持っており、新型変異種も次々生まれています。
総合的にみて、かつてないほどの人類にとって非常に大きな危機だと思います。このようなときこそ、人間の優しさ、そして賢さを結集させていくことが大事でしょうね。
ーありがとうございます。さて、今回は肝臓についてお話を伺えればと思います。
わかりました。ところで、今朝は便をしましたか?どんな色でしたか?いや、本当に答えなくても大丈夫です(笑)。通常、便は黄色みを帯びた茶色だと思いますが、なぜそうなるのか考えたことはありますか?実は、これが肝臓に関係してくるんです。
あと、最近フォアグラを食べましたか?それに、鶏や馬のレバ刺し、カニ味噌、イカの塩辛も。ご存知の通り、これらはすべて肝臓(に相当する器官)を使った料理です。後述しますが、肝臓は血液が集まってくる(※1)臓器なので栄養がたっぷりでおいしいのですね(笑)
※1 肝臓は血液が集まってくる
毎分1.5リットルもの血液が流れ込む。肝臓が含む血液量は全身の10~14%を占めている
ーそうなのですね。まず、肝臓のはたらきについて教えていただけますか。
肝臓は重さが約1.5キログラムで、人間のからだで脳に匹敵する最大の臓器です。肝臓には私たちが生きていくために重要な、本当に多くの機能があって、500以上の化学変化を起こしているともいわれているので、ひとつひとつ取り上げるときりがありません。中でも需要なはたらきについては、医師や看護師の試験えの覚え方として「にげたぶた」(※2)という語呂合わせがあるので、そこから紹介しましょう。
まず「に」は「尿素の生成」。ものを食べるとたくさんの老廃物が出ます。中でもアンモニアは危険なので、そのままではなく捨てやすい形にしなければなりません。肝臓は、それを安全な尿素に変えて排出しやすくするのですね。
次いで「げ」は「解毒」。尿素でもいえることですが、他にはアルコールの分解にも当てはまります。お酒のアルコール分(エタノール)の大部分は肝臓で分解され、有害なアセトアルデヒドとなりますが、さらに酢酸へと分解することで安全に排出できます。
1つ目の「た」は「胆汁の生成」。胆汁は肝臓が作り出す中でも量が多い分泌物で、脂肪の消化・吸収を助けてくれます。
最初に、便が黄色い理由を聞きましたね。血液内で酸素を運ぶヘモグロビンは赤い色をしていて、血液が赤く見えるのはそのためです。ヘモグロビンの寿命が来ると老廃物として黄色いビリルビンとなるのですが、これは肝臓に運ばれてから胆汁の材料になり、胆管を通って十二指腸に流れ、便に混じって排出されます。便の色が黄色がかった茶色になるのは、胆汁の色素が含まれているからなのですね。
もしなんらかの原因で肝臓のはたらきが悪くなった場合など、黄色いビリルビンが排出されずに血中にあふれてしまい、黄疸(※3)が出てきます。
「ぶ」は「ブドウ糖の貯蔵」(※4)。我々はいつもおいしいお米を食べていますが、それら炭水化物は体内の消化酵素で分解されてブドウ糖(グルコース)となります。血中のブドウ糖の濃度が高すぎるとき(高血糖)は、肝臓はブドウ糖からグリコーゲンを合成して蓄積し、逆にブドウ糖が足りないとき(低血糖)にはグリコーゲンを分解してブドウ糖を供給します。血糖をコントロールすることで、糖尿病を防いでくれるわけですね。
最後の「た」は「代謝」です。代謝といっても幅広いのですが、先ほどのブドウ糖、脂質(※5)、たんぱく質(※6)、各種ホルモン(※7)など、三大栄養素をはじめとした数多くの物質を別の物質に加工してくれています。
※2 にげたぶた
「にげたこぶた」「にげたぶたの血」など、コレステロール代謝や血液凝固因子の生成を独立させる覚え方もある。
※3 黄疸
ビリルビンが血中に増加することで白目や皮膚が黄色く染色されること。体質的なものを除けば、主な原因としては急性肝炎や肝硬変、胆管の閉塞などが考えられる。
※4 ブドウ糖の貯蔵ブドウ糖は骨格筋や脂肪組織にも蓄えられるが、どちらも血糖コントロールに寄与することはない。
※5 脂質の代謝
腸で吸収された脂質は肝臓内でリポタンパク質に加工され、体内組織を作る成分として全身に運ばれる
※6 たんぱく質の代謝
たんぱく質は腸管内でアミノ酸に分解された後で肝臓に運ばれ、血液に必要なアルブミンを作るなどして利用される。
※7 ホルモンの代謝
ステロイドホルモンなど各種ホルモンの代謝をおこない、血中濃度を一定に保っている。
ーこんなにたくさんのことをしてくれているのですね。
肝臓のはたらきで共通しているのは、使いづらいものを使いやすい形に、不要なものを無毒化して排出しやすい形にすること、またその機能を調節して体内の環境をコントロールすることです。生きていくうえですごく大事だというのがわかりますね。
それを可能にしているのが肝臓を中心とした特異な循環器の仕組みです。肝臓の血管には、通常の肝動脈と肝静脈の他に、第3の「門脈」という系統があります。(別図)。門脈は、十二指腸や小腸、大腸のおよそ半分程度の消化管を流れる血液を集めて、肝臓へと流れ込む血管のことを指します。心臓から酸素を運んでくる肝動脈に対し、門脈は消化管からいろんな栄養素などを肝臓に持ってきます。それらを肝臓で処理した上で、肝静脈から全身に届けるわけです。このような複雑な血管系の仕組みを持つのは肝臓だけなのです。
ー肝臓の病気にはどんなものがありますか。
代表的なものでは肝炎があります。何らかの原因で肝臓に炎症が生じるもので、短期的なものは急性肝炎、6ヶ月以上持続していると慢性肝炎と区分されます。自然治癒することがほとんどですが、特に慢性肝炎の場合は肝硬変や肝がんに進行することもあるため早期の治療が望ましいです。また、重度の肝炎になると出血傾向がみられますね。肝機能が低下した結果、血小板が減少し、血液凝固因子の産生が少なくなるためです。
日本では、慢性肝炎のほとんどは肝炎ウイルス(別図)の感染により引き起こされます。最近流行っている哺乳類のジビエ肉はE型肝炎の原因となりますので、しっかりと加熱(※8)する必要があるほか、高齢者や免疫機能が落ちている人などは避けたほうがよいでしょう。
※8 ジビエ肉の加熱
生食は避け、十分な加熱調理(中心部の温度が75℃で1分間以上加熱)をおこなうことが指針で定められている。*厚生労働省「野生鳥獣肉の衛生管理に関する指針」
ー肝臓を悪くする原因としては、やはり飲酒習慣が多いのでしょうか。
基本的にはそのとおりです。飲酒時におつまみ等を食べてしまうためどうしてもカロリーオーバーになりがちですし、長期的な過剰飲酒により脂肪酸が増加し、そこから大量に合成される中性脂肪が肝細胞に蓄積することで脂肪肝となってしまいます。脂肪肝は狭心症や心筋梗塞など心疾患の合併率が高く、生活習慣病の温床となります。
「お酒だけなら太らない」と考えている人もいるかと思いますが、アルコール自体にも7kcal/gものカロリーがあるのです。このエネルギーは糖質や脂質など他の栄養素と異なり体に蓄えられないエンプティカロリー(※9)ですが、実際には中性脂肪を合成するため、内臓脂肪型の肥満を招くことになります。
なお、お酒に強いかどうかは、アセトアルデヒドを分解する酵素の働きが強いか弱いかという体質で決まっています。日本人は約40%がお酒に弱く、約4%がまったく飲めないといわれています(※10)。
※9 エンプティカロリー
摂取してもすぐに熱として放出されるため体内に蓄えられないが、カロリーがゼロという意味ではない。
※10 アルコール体質
飲酒後に顔が赤くなったり、気分が悪くなるのはアセトアルデヒドが原因。アルコールをアセトアルデヒドに分解する酵素(ADH1B)とアセトアルデヒドを酢酸に分解する酵素(ALDH2)の低活性・高活性のタイプにより5種類に分かれている。
ーアルコールを飲まない人の脂肪肝が問題になっていると聞きました。
それほどお酒を飲まなくても、サシの入ったステーキを食べて運動せずにだらだら過ごすなど、不健康な生活習慣によって肝臓に脂肪がたまってくることがあります。これが非アルコール性脂肪肝疾患、別名NAFLD(別表)です。そして、そこからさらに進行する肝臓病のことをNASHと呼んでいます。脂肪肝の状態のまま推移するケースが比較的多いのですが、肝硬変や肝がんに進行することもあり、近年増加傾向にあるので注意が必要です。
余談ですが、コレステロールの80%は肝臓でつくられていて、残り20%が食べ物由来だといわれています。食事に気をつかうだけではなく、代謝のあり方、自律神経なども含め生活習慣全体で考えていかないとコレステロール値は改善しないと思います(※11)。
※11 コレステロール関連の疾患について
「遺伝性の疾患で家族性高コレステロール血症(Familial Hyper cholesterolemia:FH)というものもあります。遺伝性代謝疾患の中でも頻度が高く、今のような薬物療法が確立する前の時代では40代で心筋梗塞・脳梗塞になるケースも多くみられました」(木戸口先生の補足)
ー聞くところによると、肝臓は再生能力が高いとか。少しぐらい無理をしても大丈夫なのでしょうか。
私が医学部学生時代の最初の実験が、マウスの肝臓を3分の2くらい切除するというものでした。2週間後に開腹すると、なんと元に戻っている。もちろん人間とは条件が異なりますし、再生というより肝細胞の肥大と言ったほうがよいかもしれませんが、これほどまでに回復する臓器は肝臓だけです。
ただ、それに甘えていると大変なことになりますよ。健診をしていると、父親もしくは祖父を肝硬変で亡くしたという人がときどきいます。たくさんお酒を飲まれたでしょう、と聞くと「浴びるほど飲んでいました。最後は血を吐いて亡くなりました」と。大酒飲みの最後が肝硬変という時代だったのですね。肝臓に負担をかけると炎症が起き、肝細胞がその部分を修復しますが、その過程でどんどん硬くなってくる(線維化)。すると肝臓のはたらきが弱くなり、処理できない門脈系の血液があふれて、結果として別の系統の静脈血管と吻合して血を吐いてしまうわけです。
肝臓は「沈黙の臓器」と呼ばれるように、一部が機能しなくなっても正常な肝細胞がカバーしてくれるため自覚症状が出づらい傾向があります。だからこそ、取り返しがつかなくなる前に早期発見・早期治療をしないといけません。
ー肝臓の検査としては、どのようなものが挙げられるでしょうか。
まずは血液検査ですね。代表的な項目はAST(GOT)、ALT(GPT)、γ-GTP(※12)などで、健診結果で見たことがあるかと思います。詳しくみる場合は、アルブミンやアルカリフォスファターゼ(ALP)(※13)、慢性の炎症を確かめるためのIgG(グロブリン)、タンパク分画、さらに肝臓線維化の程度を調べる肝線維化マーカー(ヒアルロン酸・Ⅳ型コラーゲン)等があります。ただ、肝臓のはたらきは多岐にわたるので、ひとつの数値だけでなく総合的に判断していきます。
画像検査では、腹部超音波が一般的です。腫瘍はできていないか、脂肪がどのくらいついているかを診断します。また、線維化の確定診断をおこなう場合は、肝臓の組織を針で採取して顕微鏡で調べる生検を実施します。新しいものだと、エラストグラフィ(※14)という検査機器もあります。
※12 各脂肪肝の特徴的なパターン
[NAFLD] ALT>AST=γGT ほぼALTのみが上昇
[NASH] ALT>AST>γGT ASTも上昇している
[AFLD] ALT≧γGT>AST アルコール性脂肪肝
※13 アルカリフォスファターゼ(ALP)
肝臓および胆汁の通り道である胆道の異常を見分けるのに有効。
※14 エラストグラフィ
超音波やMRIを利用して肝臓の硬さを測定する検査で、肝生検のリスクを回避して肝線維化の程度を診断できる。
ー最後に、このような状況下で健康を保つためのメッセージをお願いいたします。
昨年6月から健診を再開している中で、前回の健診時より体重は減っていても高血圧になっている人が多くみられます。仕事や生活上で制限されるストレスが原因なのか、常にマスクをつけていることの閉そく感か、コロナの直接的・間接的な影響が血圧に現れているのかもしれません。それはとっても難しいかもしれませんが、しっかり感染予防を心がけた上で「自分で解決できる問題ではない」と割り切って深く考えすぎないことをお勧めします。
このような負荷がかかった状況だからこそ、どう工夫して立ち向かっていくかが人類に問われていると思います。飲むなら美味しいお酒を少しだけ、健診は欠かさず受けて、肝臓をいたわりながらこの危機を乗り越えていきましょう。
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