今回は、令和6年5月に医療法人厚生会の新理事長に就任した西山利正先生にお話を伺います。西山先生は今年の3月に関西医科大学 衛生・公衆衛生学講座の教授を退任されたばかり。公衆衛生学や感染症学などをご専門に23年8ヵ月に渡り教鞭をとられてきました。
そんな先生に伺うお話のテーマは「糖尿病」。厚生労働省の国民健康・栄養調査(令和元年)によると、20歳以下で糖尿病が強く疑われる人の割合は男性19.7%、女性10.8%、推定1200万人にも上るとされています。
ー糖尿病という文字面をみると、尿に糖が混ざるのかとイメージしますが、実際はどんな病気なのでしょうか。
糖”尿”病と尿が中心に置かれていますが、尿に糖が出るというのは糖尿病のなかでも一つの症状にすぎません。おそらくは昔は検査も簡単ではなかったため、その症状をもって糖尿病という病名がついたのでしょうね。
では何で判断されるかといえば、ポイントは血糖値になります。血液中のブドウ糖の濃度が上昇した状態が続いてしまうと糖尿病と診断されます。
ー血糖値が上昇する理由はなんですか。
原因は色々ありますが、基本的には生活習慣。いわゆる肥満です。
食事をして体が食べ物を吸収すると、膵臓からインスリンというホルモンが分泌されます。インスリンの働きにより体内の各細胞は血液中にあるブドウ糖を取り込み、エネルギーへ変換していきます。ところが皆さん、40歳を越えたあたりから体重が増えはじめて脂肪も増えてくると、脂肪が分泌するアディポサイトカインという物質の影響で、細胞はインスリンを認識できにくくなります。ブドウ糖は細胞に取り込まれることなく血液中に取り残されることになり、徐々に血糖値が上がってしまうのです。肥満→血糖値の上昇→糖尿病という構図だと考えていただければよいでしょう。
そうしてインスリンを認識し難い(血糖値が高い)期間が続くと、膵臓はさらに一生懸命にインスリンをだそうとします。その結果インスリンが枯渇してしまい、糖尿病は重症化します。したがって本格的に糖尿病を発症してしまう前に、健診で自分の健康状態をチェックしておくことが大切なのです。
ー糖尿病に注意するには、健診ではどこに注目すればいいのでしょうか。
糖尿病は大きくわけて1型と2型に分類されます。1型は小さなころから発症する若年型がほとんどで、遺伝や病気などの影響で膵臓からインスリンが分泌されなくなるというものです。そして2型は先に説明した生活習慣に起因するもの。健診で問題になるのは、以前は成人病と呼ばれていたこの2型になります。
では、健診で糖尿病を診断するポイントですが、10時間以上の空腹の状態で血糖値が126mg/dl 以上になりますと、一発で糖尿病と診断がつきます。これは要注意。すぐにでもお医者さんにいかなければというレベルの危険域でもあります。
もうひとつはHbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)という項目です。過去1~2ヵ月の血糖の総和だとお考えください。1日の血糖値が1本の線とすると、それを1~2ヵ月分並べたときの面積がHbA1cだと理解いただければいいでしょう。これが6.5以上になると糖尿病と考えられます。
健診では血糖値あるいはHbA1cは必須項目で入っているので、糖尿病の大きな指標になります。毎年健診を受ければこれらの数値がわかるというのは、自分の健康状態を知るうえで本当に大きいことだと思います。
ー思わしくない結果が出たにもかかわらず、つい放置している方も多いとききます。
実際に現在は糖尿病患者がどんどん増えている状況です。40代から60代くらいにかけて体重が増える人が多い。ということは糖尿病になりやすくなるということなので、特に気にして欲しいところです。
糖尿病でひとつの大きな症状は、無症状だということです。痛くも痒くもないから放置していても一緒。だから何もしないんですね。とはいっても血液中に糖が増えてくると動脈硬化が起こります。それにより高血圧、脳内出血や心筋梗塞といった随伴する病気のリスクは当然高くなります。さらに体中のあらゆる組織に糖が沈着していき、さまざまな合併症が起こるといわれています。(図1)。
よく知られているのが糖尿病性網膜症。かなり高い血糖値が長期間続くことで起こる視力障害で、失明する可能性もあります。もうひとつは糖尿病性腎症といって、腎臓の細胞に糖が沈着して腎機能が落ちてゆき、最後には機能しなくなってしまいます。これは致死的な疾患といえるので、非常に注意しなければなりません。透析を行えば、すぐに命の危険にさらされるというわけではないのですが、やはりそこに至る前に改善していかなければならないと思います。
ー数値が悪くてもまだ諦める必要はないと。
数値が高くなったからといってすぐに問題があるわけではありません。血糖値を下げることで膵臓は休ませることができます。これは極端な例ではありますが、昔ある人がレディーボーデンというカップアイスが好きすぎて一度に一箱食べてしまった。すると膵臓が悲鳴をあげてインスリンの分泌が止まってしまい、血糖値が急上昇して意識を失った状態で病院に運ばれてきました。そこで我々はインスリンを注射して血糖値を下げました。すると膵臓がインスリンの分泌再開してくれたんですね。血糖値の高い期間が長期間でなければ、改善できるという事例だと思います。たとえ健診結果がよくなかったとしても、初期であれば頑張って体重を2~3キロでも落としさえすれば、かなりの確率で数値は改善するはずです。
ー減量のコツなどはありますか?
一番大切なのはやはり食事のコントロールと運動です。これが最も自然な血糖の下げ方であり、第一にやるべき治療法といえます。運動で筋肉を動かすことによりインスリンを使わずに血中のブドウ糖を消費することができますので、ウォーキングなら1日8千歩を目安にするといいでしょう。1万歩だと歩きすぎで腰や膝にくるという人も多いので、8千歩ぐらいが丁度いいと思います。
食事については、事務職の人と肉体労働の人でも当然1日の必要なカロリーが異なってきます。(表1)。
その仕事の量に合わせた食事をするようにしてください。ここで大事なのは、いま自分が何キロカロリー食べているのかを目安でも知っておくことです。ごはんは茶碗一杯で200キロカロリーぐらいとか、卵一個と秋刀魚半匹は80キロカロリーで同じぐらいとかね。ざっくりとした数字だけでも知っておいて、自分はどれくらい食べたかを分かっておく。そういう本人の知識がとても必要になってきます。
人間が1日に必要とするカロリーって意外と少ない。でも十分それで生きていけるということを知っておくのは重要です。特に日本人は飢餓に強い遺伝子を持っているので、そんなに食べなくても生きていけるんです。
ー正しい知識をもって日頃から考える癖をつけることですね。
運動にしても、どのくらい運動したらどれだけ消費カロリーがあるかというのも大事な指標ですね。どれだけカロリーが減ったかが分かれば、その分たくさん食べられるということです。そういう計算ができるようになれば、糖尿病の治療は非常にうまくいきます。皆さんが勉強することこそが成功の秘訣といっていいでしょう。
ー健診で要治療となって病院を受診した場合、どういった治療が行われますか。
初期であれば、まずは運動と食事で改善しましょうとなります。頑張る必要はあるけれど自分でできることですからね。まずはそれで様子をみて、改善が難しいとなれば次のステップが内服薬です。最近の主流になっているのは、糖質の吸収を遅らせる薬剤やSGLT2阻害薬という必要以上の糖を尿に出させる薬です。副作用も少なく非常に効果的なものですが、一部でやせ薬かのように販売されたため、必要な方へ薬が回らずに問題になったこともありましたね。それらでも効かないほど進行している場合は、膵臓に鞭打ってインスリンを出させる薬が投入されますが、それでは膵臓がへばってしまうため、外部からインスリンを注射して補うことになります。このような状況になる前に自分の状況を知り治療を開始することが重要です。
ー最後に皆さんに一言お願いします。
食事と運動というのは糖尿病の治療の根源ではありますが、ダイエットの根源でもあります。食事の量を自分の仕事量から算出し、1日の摂取カロリーを調整することで、太っている人は徐々にやせます。やせている人は徐々に増えて標準体重に行くはずです。摂取カロリーと消費エネルギー(表2)のバランスをどう取るか。そういう知識をもって実践することが、糖尿病だけでなく生活習慣病の全てをコントロールし、健康を維持するための重要なファクターといえるでしょう。最後に、今回は分かりやすくするために、論理に乱暴なところもありますがご容赦いただければ幸いです。
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