サイレントキラーとも呼ばれ、現在も多くの人が自覚のないままにリスクを抱えている高血圧。健診で高い数値がでたとしても、つい放置してしまいがちですが、完全に予防できれば10万人以上もの命が救えると推計されています。今回は、そんな高血圧の予防法と対策を、医療法人厚生会理事長の西山利正先生に伺いました。
ー高血圧とはどういうものか教えてください。
日本高血圧学会の診断基準は(表1)の通りで、最高血圧(収縮期血圧)が基準以下でも、最低血圧(拡張期血圧)が基準を超えれば高血圧という診断がつきますが、基本的には140mmHgを超えたら高血圧と覚えていただければいいと思います。130mmHg台は高値血圧、120mmHg台は正常高値血圧と呼んでいます。正常の範囲内だけど高めなので注意が必要だという意味です。統計的な話になりますが、脳卒中や心筋梗塞を起こしたときに、血圧が130mmHgを超えていると亡くなる方が出てきます。血圧が高いほど亡くなる方が増える傾向にあります。
したがって血圧は130mmHgを超えないことを目標にするのがよいとされています。
ーそこまではっきり差が出ているんですね。
高血圧は、喫煙に次いで日本人の死亡に大きく影響を及ぼしています(図1)。
高血圧が原因の脳卒中や心筋梗塞などで年間10万人以上の方が亡くなっていると推計されています。医療の進歩や生活環境の変化により、ここ数十年で日本国民の最高血圧の平均は大きく低下していますが、それでも20歳以上の二人に一人が高血圧という状況です。いまや国民病といえるでしょう。
ー昔から、歳をとると血圧が上がるといいます。なぜ血圧は高くなってしまうのでしょうか。
ひとくちに高血圧といっても、実際は「本態性高血圧」と「二次性高血圧」の2種類があります。二次性高血圧というのは、なにかしらの病気が原因に起きる高血圧です。例をあげれば、甲状腺機能亢進症などで甲状腺ホルモンが増えてくると血圧は高くなります。また、副腎ではアルドステロンというホルモンが作られていますが、褐色細胞腫という腫瘍でホルモンが過剰に分泌されてしまうと、血圧は上がっていきます。
このように他の病気に随伴して血圧が高くなってしまうのが二次性高血圧です。病気が原因なので、改善には病院での治療が必要となります。睡眠時無呼吸症候群の方も二次性高血圧になりやすいので、心当たりのある方は専門外来などの受診をお勧めします。
これに対し、原因がはっきり特定できない高血圧を、本態性高血圧といいます。日本人の高血圧の8割以上が本態性高血圧にあたります。
確かに一定の年齢になると動脈硬化により血管のしなやかさが失われ、徐々に血圧は高くなっていくのですが、実は高血圧の本当の原因というのは、分かっているようで分かっていません。様々な要因が複雑に絡まって、結果的に血圧の数値に表れているので、原因の特定が難しいのです。
日本人は、食べ過ぎや肥満、運動不足やストレスといった生活習慣の乱れと、遺伝的なものが組み合わさって起こっていると考えられています。
ー生活習慣の乱れは心当たりがありすぎて…。何から手をつければいいでしょうか。
本態性高血圧の最大の要因は、塩分(ナトリウム)の摂り過ぎになります。ナトリウムには体内の水分バランスを保つ働きがありますが、摂り過ぎは体の中に水を入れるのと同じようなもので、血流の量が増えて血圧が上がってしまうんです。だからまずは摂取量を減らしていく必要があります。
厚生労働省が推進する、国民の健康増進に関する基本方針などをまとめた「健康日本21(第三次)」の中では、20歳以上の方の塩分摂取量の目標値は1日あたり7g未満としています。はっきりした味付けが好きな人にとっては、何これ?というくらいの薄味です。でも日本人は、それぐらいで充分なんです。これが熱帯の国だと、どんどん汗をかいて塩分が流れ出ていくのでもっと多く摂らないといけないのですが、日本ではそれで十分となっています。ちなみに「日本人の食事摂取基準値2020年版」(厚生会労働省)では男性7.5g未満、女性6.5g未満を基準としており、日本高血圧学会では6g未満を高血圧患者の減塩目標に掲げています。
ー塩分の量を減らすといっても、普通に生活していると簡単ではないですよね。
確かに、塩分を減らすというのは本当に難しいですね。私はいつも、血圧が高めの方には『醤油やソースは塩の塊ですから、かけて食べると塩分濃度がものすごく上がってしまいます。だからまずは小皿に注いで、つけ醤油・つけソースにするのが基本ですよ」とお伝えしています。そうすると醤油のついたところが舌の上に乗りますので、醤油の味を感じながら食べることができるんです。減塩にはこのつけ醤油がお勧めです。
次に、お味噌汁。やはり減塩味噌を使っていただきたいです。以前、高血圧のおばあさんに、外のお店で食べるときは薄めにしてもらってくださいといったら、後日『先生、ちゃんと薄くしてもらっていますよ。その分、二杯飲んでます』という方がいました。それでは意味がないわけです。塩の量を減らすというのは、薄味にしたというだけでは不十分で、きちんと摂取量を減らすということを意識していただきたいですね。あとはご飯のお供のふりかけや漬物。これも塩分が多いので、そういった毎日食べてしまうものには気を遣ってもらうことが大切でしょう(表2)。
そして特に問題なのが、ラーメンやおうどん、お蕎麦といった麺類です。確かにお蕎麦は美味しいです。ラーメンも美味しいです。でもいくら美味しいといっても、汁だけは飲まないでほしいです。麺類の汁には、一杯で1日分近くの塩分が含まれている場合があります(表3)。飲み干してしまえば相当な量を摂ることになりますので、汁は飲まずに具だけを食べるのがいいと思います。
ー減塩以外に気をつけることはありますか。
最近は高齢者だけでなく、中年や若い男性の高血圧が徐々に増えているといいます。これは肥満が大きく関わっているのだろうと考えられます。元来、私たち東アジアの民族には、飢餓に備えてエネルギーを効率よく取り込む遺伝子が備わっています。飢饉が発生して食物が少なくなっても耐えられる民族だったのですが、食物が溢れている現代では食べ過ぎて過剰にエネルギーを摂取してしまっている。そのため体に色々な障害が出てきているんでしょうね。
体重が増えてくると血圧や血糖値、尿酸値が上がっていき、脂肪肝になって肝機能も落ちて…と、悪いことが重なっていくパターンになりがちです。そうなる前にちょっと頑張って体重を2、3キロ落とすだけで見事に正常化するはずですよ。
ーというと、やはり運動と食事でしょうか。
基本的にはそうなります。運動は有酸素運動になりますが、特に高齢の方はきつい運動をしようとすると体の別の場所でアクシデントを起こしがちなので、ウォーキングがいいと思います。仕事から家に帰る時はひとつ手前の駅で降りて歩くくらいが、一番体にいい。15分から30分歩くだけでも全く変わってきますよ。ただ、お茶碗一杯分をカロリーを消費しようとすると想像以上に歩く必要があります。運動でカロリーはそこまで消費できないんです。したがって食事を摂りすぎないことが一番重要になってきます。
ー逆に、食事で摂るべきものはありますか。
野菜や果物、いわゆる食物繊維の多いものを食べることで、血圧はある程度コントロールできるといわれています。余計な塩分の排泄を促す働きのあるカリウムが多いものを意識的に食べるといいでしょう。※
※腎機能が低下していてカリウム制限がある方は、必ず医師の指示に従ってください。
ただしカリウムは薬のように、摂れば効くというものではありません。カリウムの多い食材といえばバナナが有名ですが、カロリーも高いので食べ過ぎには注意が必要です。
ー喫煙や飲酒についてはいかがですか。
タバコのニコチンは末梢血管を収縮させるので、血圧をさらに高くします。明らかに百害あって一利なしです。
一方でお酒は、百薬の長といわれるとおり、適量であれば末梢血管を拡張して血圧を下げる働きをしてくれます。厚生労働省は、男性ならビール中ビン1本、純アルコール量1日あたり20g(女性はそれより少量)を適量としています。実際の適量は人によって違っていて、私などはアルコールに弱いのでビールをコップ1杯が丁度いいです。目安としては、お酒を飲みはじめから心臓がドキドキしてくるまでの間。頬が少し赤くなって気持ちよくなりだしたあたりが適量といえます。ドキドキしはじめたら、もう飲み過ぎのサインです。飲み過ぎは高血圧を引き起こすだけでなく、肝障害や心疾患、がんの発症リスクを高めますので、自分の適量を守って楽しむようにしてください※。
※妊娠中や体質的にお酒を受け付けられない人は飲酒を避けましょう。
ー自分のことを知っておくのは大切ですね。
血圧がかなり高ければ、首の付け根が痛くなったり、めまいがでたりと症状が現れることもありますが、基本的に高血圧に症状はありません。自分でも気づかずに放置されてしまうことが多い。だから毎年健診を受けて自分のからだの状態を知ることは極めて重要になります。過去と比べて数値が上がってきたなと思えば、少し生活を振り返ってみる。そういった小さな気づきが、脳出血や心筋梗塞といった危険な病気のリスクを下げることにつながります。
そして、健診結果が要治療となったときは、ぜひ一度、医療機関を受診してみてください。医療機関では食事療法・運動療法を行い、それでも改善が難しければ血圧を下げる降圧剤が使用されます。昔は、降圧剤で脳の血流が下がり認知症が進むなどの副作用がいわれていましたが、最近はいい薬ができているので、安心して血圧を下げることができますよ。
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