2026春号「心臓の気持ちがこもるメッセージ心電図」

1924年、オランダの生理学者ウィレム・アイントホーフェン氏は、心電図を発明した功績によりノーベル生理学・医学賞を受賞しました。それから約100年たった現在でも当時の技術が受け継がれ、皆さんの健康に寄与しているそうです。そんな歴史の深い心電図検査について、医療法人厚生会理事長の西山利正先生に伺いました。

ー心電図自体は知っていますが、何のための検査かは、よくわかっていませんでした。

学校や職場の健康診断で、おそらくほとんどの方が心電図検査を受けたことがあるのではないでしょうか。以前は35歳および40歳以上といった区切りがありましたが、いまでは誰もが受けられる一般的な検査になりました。
実際の検査では、手足に大きな洗濯バサミ、胸に吸盤をペタペタつけられて、ベッドでじっと横になっていれば終わってしまうため、何を見ているのだろうと不思議に思われるかもしれません。実はこの数十秒の検査は、皆さんの命に関わる重大なメッセージが見つかることがある、大切な検査になります。

ーそもそも心電図とは何でしょうか?

心電図を一言で言えば、「心臓を流れる電気信号の様子を記録したもの」です。心臓は心筋という筋肉で作られています。そこに微弱な電気信号が規則正しく流れることで心臓を収縮と拡張を繰り返し、血液を全身に送り出すポンプの役割を果たしています。電気信号は心臓の右心房にある洞房結節という細胞塊から発生し、房室結節を通って、さらに右脚・左脚へと伝わる(図1)ことで筋肉に電気的刺激を与え、心臓を動かしています。

そのため、脳からの命令がなくても心臓は止まることなく動き続けることができます。この電気の流れを波形で捉えたものが心電図になります。一般に健診で用いられるのは12誘導心電図という検査方法です。心臓を12方向から観察して異常な波形がないかを観察しています(図2)。例えるならば、1台の車を正面・横・斜めなど色々な角度から見るようなもので、正面から見ると綺麗に見えていたとしても、後ろからだとバンパーが凹んでいるのが見えるという具合に、電気の流れを立体的に捉えることで心臓のどこにトラブルが起こっているのかを判断します。

心電図の波形は人の顔と同じくらい個人差があるといいます。心電図を専門に見ている者であれば患者の名前を見なくても、波形だけで「これは前に見たあの人だ」とわかるほどに特徴が表れるそうです。健診では、そのわずかな表情の変化を見逃さないことが重要であるといえるでしょう。

ー専門家だからこそ見えるものがあるということですね。具体的にはどのような結果が得られるのでしょうか。

結果で一番多いのが「所見なし」。正常だということです。厚生会では1年間で25万人ほどの方の心電図をとっていますが、すでに治療中の方を除くとおよそ9割の方はこれにあたります。残りの1割の方に再検査や精密検査が必要な所見が出ているという印象です。そして次に多いのが「非特異的T波異常」でしょうか。健診結果にこんな見たことのない文字が並んでいたら、皆さんびっくりしますよね。しかし、所見が書かれていたとしてもすべてが病気につながるというわけではありません。これが意味するのは、波形に変化が見られたけれど病気ではないということです。産業医学的には問題はない、広い意味での正常ということになります。

ー異常が、悪い状態とは限らないのですね。

では、心電図の結果でよくみられる所見についていくつか紹介しましょう。皆さんは不整脈という言葉を聞いたことがあると思います。不整脈とは、本来は規則的な心臓の脈拍のリズムが乱れてしまう状態の総称です。言葉のイメージから重篤な病気を想像する方がいるかもしれませんが、実は不整脈にも心配のないものから治療が必要な危険なものまで、いろいろな種類があります。
心配のない不整脈としては「洞性不整脈」の中の呼吸性不整脈があげられます。脈拍の波形は正常なものの、何らかの理由でゆらぎが生じるというものです。とりわけ若い人に多く見られる不整脈です。大きく息を吸うことで脈拍が速くなり、吐くと脈拍が遅れる現象になります。洞房結節は、通常は規則正しく電気信号を出しています。しかし呼吸性不整脈は息を吸ったり吐いたりすることで電気を送るタイミングが遅れてしまうんです。

ー呼吸だけで不整脈が起こるとは…。

つまり、不整脈とはいっても、これは正常な範囲の生理的な反応であって病気ではありませんから当然治療の必要もありませんので安心してください。ただし、脱水や発熱、甲状腺異常などでも洞性不整脈が出る場合があるので注意が必要です。
それとは別に「期外収縮」もよくみられる所見です。いわゆる心臓の脈が飛ぶと言われる状態です。洞房結節以外の場所から先に電気が発生してしまうため、収縮のタイミングがずれてしまうんです。心臓は右心房・左心房・右心室・左心室の四つの部屋に分かれていますが、電気刺激が上側の部屋(心房)で起こるのを「上室性期外収縮」といいます。これらはストレスや疲労、睡眠不足でも出やすいので、たまに出るという人はそのまま経過観察で済むことがほとんどです。ただし頻発している場合は注意が必要となります。

そのため精密検査ではホルター心電図(図3)という24時間記録できる小型心電図を装着して、どれだけの頻度で出ているかなどを調べることで、治療が必要かを判断します。昔は弁当箱ぐらいの大きさでしたが、今では本当に小さく邪魔にならないサイズになっていますね。

ー精密検査が受けやすいのは嬉しいです。

医学の進歩を感じますね。次は、伝導障害についてお話しましょう。洞房結節を発電所に例えると、心臓には電気信号を全体に伝える電線が走っています。その電線の伝わり方に不具合がでるのが伝導障害です。健診で多いのは「1度房室ブロック」といって、洞房結節から房室結節をつなぐ電線を伝わる時間が少し延びている状態です。加齢により電線を形作る細胞への血流が悪くなっていることなどが原因ですが、ほとんどが無症状で治療の必要もありません。
同じように「右脚ブロック」は、右心室に向かう電線が切れてしまった(完全右脚ブロック)、または切れかかっている(不完全右脚ブロック)という状態です。右脚ブロックがあっても、左心室がきちんと収縮していれば右心室にも刺激が伝わるため、日常に支障をきたすことはほぼありません。しかし「左脚ブロック」となると少々注意が必要です。左脚がある左心室は、全身に血液を送る大事な場所ですから、うまく収縮ができないと全身に影響が及びます。左脚は前枝と後枝に分かれているので、どちらかが残っていれば大きな問題にはなりませんが、これまでなかったブロックが急に現れたというときは、きちんと医療機関を受診することをお勧めします。
注意していただきたいのが「心房細動」です。これは高齢の方に多く見られる不整脈で、かなり怖い病気になります。心房のあちらこちらから電気信号が次々と出てしまうため、心房が痙攣状態に陥って規則正しく心室が収縮することができなくなるんです。そんななかでも心室では収縮が起こるため、脈が飛んで不整脈となるわけです。
心房細動が起こると心臓のポンプがうまく働かずに、血は心房内で一定時間滞ります。血は流れないと固まって血栓となり、動脈に乗って脳へ運ばれると脳梗塞を起こしてしまうんです(図4)。

元巨人軍の長嶋茂雄さんが患った脳梗塞も心房細動によるものだといわれています。ですから心房細動という所見があったら放置してはいけません。病院では、内服薬であったり、血管からカテーテルをいれて不規則な電気刺激の出ている場所を焼く治療(図5)によって脳梗塞のリスクを下げることができますので、必ず循環器内科を受診するようにしましょう。

ーほかに気にしておくとよい所見はありますか?

心電図では、心臓を構成する筋肉の状態を知ることができます。
「ST-T低下」という所見は動脈硬化などで心筋の血管が細くなってきたことを示しています。階段を昇ったり運動した時に胸を締め付けるような痛みや圧迫感がある場合は、狭心症が進んでいる可能性もありますので、精密検査を受けてどの部分の血管が細くなっているのかをチェックするといいかもしれません。「左室肥大」は心臓の左室内側の筋肉が分厚くなっている状態で、最大の原因は高血圧です。血圧が高いというのは、末梢血管の抵抗が強まって血液が流れにくい状態です。心臓はそれでも隅々まで血液を送ろうとしてさらに強い力で働き続けますから、その結果、筋肉は肥大します。すると心臓の柔軟性が失われ、将来的に心不全のリスクが高まってしまいます。30年ほど前の日本人はわりと高血圧を放置している人が多く、高齢者によく見られた所見なのですが、最近は血圧をコントロールできる薬もありますので、少なくなっているかなと感じています。

ーそれまでの生活習慣が心臓に影響を与えているのですね。

生活習慣でいえば、中学・高校の頃に激しいスポーツをしていた方には「QT延長」がよく見られます。心臓が収縮してから元の状態に戻るまでの時間が長くなっている状態です。スポーツ心臓といって、鍛えられた心臓は1回の収縮で多くの血液を送り出せるため、普段から脈拍数が少なくなるんです。「洞性徐脈」と表記する場合もあります。まれに心疾患のリスクが潜んでいることもありますが、一般的にはあまり問題になることはありません。これらに関してはよい悪いではなく、その人の心臓の特性と考えていただくといいと思います。

ーこうして意味がわかると、検査結果をみる目も変わりますね。自分の結果票を見直してみたいと思います。

では最後に、頻度は少ないものの見逃してはいけない所見として覚えておいてほしいのが「ブルガダ型心電図」と「Ⅱ度房室ブロックモビッツⅡ型」です。どちらも普段は無症状でも突然に心停止を起こすリスクを秘めています。このように自覚症状がなく普段は気がつけない病気や体の変化を心電図ではみつけ出すことができるので、検診結果は必ず確認してくださいね。

ー急に脅かさないでください…(笑)

心臓の病気いは、実感がないことが多いんです。狭心症のように痛みが出る場合は病院に行こうと思いますが、軽い不整脈なら日常に支障もありません。でも、気まぐれに心臓に止まられたら困りますよね。
何年も前から右脚ブロックがずっと出ているというのであれば、それは心臓のクセなので問題はありません。あるとき急に1度房室ブロックが現れたという場合は、心臓に何らかの負担がかかっている可能性があります。大切なのは、気にすべき所見か見極めてもらうこと。結果票に要検査などの指示があれば必ず従い、医療機関を受診してください。