2018秋号「知っているようで知らない心電図」~最新の検査NT-proBNP~

心臓の疾患は、がんに次いで日本人の死因の第2位になっており、働き盛りの人などが突然亡くなるケースも多く報告されています。
心臓を調べるための重要な検査である心電図と、クリニックで気軽に受けられる心疾患マーカー「NT-proBNP」について、医療法人厚生会理事長・厚生会クリニック院長の木戸口公一先生と一緒に学びましょう!


ー本日はよろしくお願いします。まず、心電図とはなにかということについてお聞かせいただきたいのですが…。

心電図の検査は、健康診断で実際に受けられた方も多いでしょうし、受けていない方も上下にぐねぐねと動くグラフをご覧になったことがあるのではないでしょうか。
人間のからだには電気による刺激で命令を出している場所がいくつかありますが(*1)、その中のひとつが心臓です。心臓はタフな筋肉(不随意横紋筋)で構成されており、その筋肉が心房から心室へと流れる電気的刺激により収縮・拡張を繰り返すことで、ポンプのように全身に血液を送り出しています。人間のからだが動くのは、血管を通して常に新鮮な血液が流れ、そこから酸素や栄養を受け取っているからなのですね。
心臓に流れる微弱な電流を胸と両手両足につけた電極で測定し、そのベクトルと電位差を時系列に沿って波形で表示するのが心電図です。心臓のドックンドックンという目に見える動きを測るのではなく、電気の流れる方向や強さをいろいろな角度から測る、心臓の異常を発見するにはもっともポピュラーな検査です。


※1 電気による刺激で命令を出している場所
主に脳(脳波)、心臓(心電図)、筋肉(筋電図)などが挙げられる。


ーなるほど。心電図が伝えてくれるのはどういう情報なのですか。

ー心電図の波形は、それぞれ心臓のどの部位が電気的刺激を受けているかを表しています。この波形からは大きく分けて2つのことを読み取ることができ、ひとつは「リズム」。リズムが正常の波形パターンからずれると、不整脈と呼ばれます。
もうひとつは「心筋の状態」。心筋が肥大していたり、傷を受けたりしていると障害電流というものが流れて電位差が大きくなるので、ある程度の異常がわかります。もちろん、超音波検査などで確かめる必要はありますけども。


ー心電図の検査方法にはどのような種類がありますか。

もっとも一般的なのは「標準12誘導」という方法です。安静時に計測するもので、横になった状態で胸に6つ、両手両足に4つの電極を貼り付けて12の波形を記録します。通常の健診で実施するのはこの方法ですね。たくさん電極をつけるのは、いろいろな角度から心臓を診てみようとするからです。
他には一時的な不整脈などを記録するのに適したホルター心電図(※2)、運動時に発作が出る人に適した運動負荷心電図(※3)などがあります。


※2 ホルター心電図
携帯型の心電図をからだに装着し、いつもと同じように生活しながら24時間の心電図を記録する方法。不整脈が起きる時間帯や発作を誘発する行動を把握できる。

※3 運動負荷心電図

検査室で運動することで負荷をかけ、心電図波形の変化を引き起こしてそれを記録する方法。トレッドミル法、エルゴメーター法、マスター2段階法などの種類がある。


ー不整脈はよく名前を聞きますが、どのような病気なのでしょうか。

単純に言うと、普通なら一定の速度で脈を打つはずの心拍が正常な範囲を越えて動いたり、リズムが乱れたりすることです。ただ、心拍は自律神経と関係しているので、ちょっと乱れたというくらおの揺らぎは心配する必要はありません。走ったら脈が速くなる、寝るときは脈が遅くなる、好きな異性が目の前にいたらドキドキする(笑)…これは当たり前のことですから。不整脈の種類としては、一定のリズムから外れる「期外収縮」、脈が極端に遅くなる「徐脈」、脈が急に速くなる「頻脈」の3つに分けられます。

まずは期外収縮。これは通常のリズム以外に心臓の収縮が出てくるもので、ほとんどの場合は無症状ですが、急に脈が飛んだように感じる人もいます。健康な人でも90%以上が持っているとされているので、過度に気にする必要はないでしょう。
除脈は、リズムが遅くなったり一時的に止まったりして、1分間の心拍数が50回未満になるものです。一時的でも脈が止まるというと大事のように考えがちですが、命にかかわるケースは少ないといえるでしょう。ただ、高齢になると増加する傾向があり、脳に十分な血液が行き届かないとめまいや失神を起こすこともあるので、注意が必要です。
最後に頻脈ですが、異常な電気的興奮が拍動を起こしたり、リエントリー(※4)によって心臓が収縮を繰り返したりして、1分間の心拍数が100回を超えるものを指します。さまざまなタイプに分かれており、中には突然死につながるものや合併症を招くものもあるので、リスクが一番高い不整脈だといえます。
特に心房内で多くのリエントリーが生じて細かく震えるように動く「心房細動」は血がうまく流れないことで血栓を生み出し、心原性脳塞栓など重篤な病気を引き起こす可能性があります。これは心臓でできた血栓が脳の血管に運ばれて詰まるもので、その他の脳梗塞と比べても非常に危険度が高いです。(※5)

※4 リエントリー
通常は心臓を1回収縮させて消えるはずの電気的興奮が、消失せず回り続けること。リエントリーが起こると、心臓は異常なリズムで収縮を繰り返す。

※5 心原性脳塞栓とその他の脳梗塞の危険度
心房細動が原因で起こる心原性脳塞栓症は、ラクナ脳梗塞やアテローム血栓性脳梗塞といった脳梗塞に比べて突然大きな血管が詰まるため、より危険なケースが多い。一命をとりとめても、手足の麻痺などの後遺症が残ることもある。


ーいろいろな種類があるのですね。不整脈の治療についてはどう考えればいいですか?

先ほども話しましたが、もっともポピュラーな期外収縮の場合は無理に治療する必要がないことがほとんどです。薬を使って治療することは可能ですが、それによってまた別の不整脈が出てくることもありますから。
徐脈や頻脈の場合は、リスクを考えて治療をおこなうこともあります。薬物治療に加え、徐脈ではペースメーカー(※6)を埋め込んだり、頻脈ではカテーテルアブレーション(※7)で根本から治すことも可能です。また、心房細動があるときはワルファリンなどの抗凝固剤(※8)を使うことで血栓を作らないよう予防することもできます。
どのケースでも言えることとして、動悸や息切れなどの自覚症状がある場合は一度循環器内科を受診することをおすすめします。心臓に負担をかけるような持病がある人は、なおさら早めに受診しましょう。


※6 ペースメーカー
人工的な電気刺激を心筋に送って拍動を保つための機器。たびたび失神を起こすなど重い徐脈性不整脈の治療のために体内に埋め込む。

※7 カテーテルアブレーション
カテーテルという管を使って、異常が発生している心筋の部位を高周波電流で焼き切る治療法。頻脈性不整脈の治療で行われており、胸を切開せずに済むほか治療効果も高い。

※8 ワルファリンなどの抗凝固剤
血液を固まりにくくする薬剤で、血栓を作らせないことで心原性脳塞栓症を予防できる。長く使われていたワルファリンが代表的だが、服用の煩雑さや出血などの副作用といった欠点があった。近年は複数の新薬が登場しており、都合に応じて選択が可能(DOAC)。


ー心電図から、その他の心臓の疾患もわかるのでしょうか。

心臓自体に血液を送り込む血管を冠状動脈(冠動脈)といいますが、そこに異常が発生し心臓に血液がまわらなくなることで起きる病気をまとめて「虚血性心疾患」と呼びます。この虚血性心疾患の診断には、心電図が用いられます。
代表的なものでは、まず狭心症。これは動脈硬化や血管攣縮等で内腔が狭くなり血流が一時的に悪くなって、心臓が酸素・栄養不足になることで胸の痛みや圧迫感などを引き起こす病気です。安静時には症状が出ないこともあるので、そのような場合は運動等で負荷をかけながら心電図変化を診たりします。
また、心筋梗塞は冠状動脈が血栓で詰まって血流が止まり心筋の細胞が壊死する病気です。突然の激しい胸痛が特徴で命にかかわるため、緊急に検査・治療をしなければなりません。

話は変わりますが、6月の地震(※9)は怖かったですね。災害時には大きなストレスがかかるため、「たこつぼ型心筋症」にも注意が必要です。
これは精神的・身体的に大きなストレスを受けた後などに心筋が収縮しにくくなり、正常に血液を送り出すことができなくなる状態を指します。症状は心筋梗塞と似ており、特に中高年の女性に多く見られます。阪神淡路大震災や新潟中越地震の後にたこつぼ型心筋症の疑いがある人が明らかに増加したという報告もあるので、地震に対する備えを欠かさないのと同時に災害後に起こりうる病気(※10)についても正しい知識を持つようにしましょう。


※9 6月の地震
6月18日に起きた、大阪北部を震源地とする最大深度6弱の地震。死者5人、負傷者400人超、住宅の被害が10,000棟超という大きな被害が発生した。

※10 災害後に起こりうる病気
たこつぼ型心筋症の他に、避難所で集団生活を起こることにより食中毒・感染症が発生するケースがある。また、食事や水分が不足したまま、車内で座り続けるなど同じ姿勢をとりつづけることで、足の静脈に血栓ができるエコノミークラス症候群にも注意


ー心電図の他に、心臓の検査ではどのようなものがあるのでしょうか。

心電図・血圧測定・血液検査・尿検査・胸部X線(レントゲン)といった基本的な検査の他には、例えば超音波(心エコー)があります。心房や心室、心筋などの形状を見ることができ、心筋や弁の動きの異常を発見するのにも役立ちます。
画像診断をする場合はMRIやCTがあります。特にCTは近年機器の発達が目覚ましく、開発当初は1列の断面しか撮影できなかったのが320列になったりしています。心臓は常に動くので撮影には不向きの器官なのですが、技術の進歩により精密な診断が可能になっていますね。
さらに、心臓にかかっている負担を数値で判断できる心疾患マーカーとして「NT-proBNP」という検査があります。


ーNT-proBNPについて、詳しく教えてください。

簡単に言うと、血中のBNP濃度を測定する検査です。BNPというのは、心臓を守るために主に心室から分泌されるホルモンです。心臓の機能が低下してかかる負担が大きくなるほど、たくさんのBNPが分泌され数値が高くなります。数値だけですべてが診断できるわけではないのですが、他の検査とも組み合わせることで、隠れた心不全のリスク(血液を全身に送り出す機能の低下)を早期に発見することができます。
メリットとしては、他の検査ではなかなかわからなかった「心臓が無理をしているか」を測定できることが挙げられます。人間のからだは意外と丈夫なので、心臓が小さな悲鳴を上げていても、目に見える異常や自覚症状がなかったりするのですね。こっそりと心臓に「辛くないの?」と隠れストレスを聞く検査ともいえるでしょう。また、血液検査なので健診項目に採血が含まれている人は追加の検査が必要ないですし、早期の心不全はもちろん糖尿病・高血圧など生活習慣病のハイリスク郡の発見も可能です。
BNP検査自体は以前からありましたが、厚生会では検体安定性が高くさらに診断の精度を上げたNT-proBNPを採用しています。

ーNT-proBNPは、どのような人が受けるべきでしょうか。

気持ちとしては、全員に受けてほしいですね(笑)。心電図やCT・MRIなどその他の検査でもなかなかわからない血液を送り出す働き、機能を調べる検査として非常に優秀ですから。特に働き盛りの世代で、高血圧・糖尿病など生活習慣病を持っている人や、いわゆるメタボに該当する人、喫煙している人は定期的にチェックすることをおすすめします。

ー最後に、皆様へのメッセージをお願いします。

心臓は本当に働き者で、生まれてからというより生まれる前からずっと動き続けています。心拍数は1日に約10万回なので、私だと20億回以上動いているのですね。ぜひ、いたわってあげましょう。

具体的には、動脈硬化にならないために食生活に気を配る。たばこを吸っている人は禁煙する。不整脈の原因はひとつではないので難しいですが、ストレスをためないこと、睡眠をちゃんととることも重要です。
それに加えて毎年の健康診断を欠かさず、不安があるときは医師にちゃんと相談して、心臓の病気を事前に防ぐようにしましょう。